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深層断面/自動運転、映像DB重要性増す−AI高度化・新サービス創出(動画あり)

(2017/1/13 05:00)

▲東京農工大学ヒヤリハットデータベースより ヒヤリハット映像(農工大提供)

自動運転車の実現に向けて、市街地で集めた走行映像データの重要性が増している。走行データは運転を司る人工知能(AI)の学習と、その判断の評価のために必須で、AIの性能を担保する基準になる可能性がある。日本では産学官でデータベース(DB)の整備が進む。自動運転のキーテクノロジーがセンサーからAI、データへと激しく入れ替わるなか、データ戦略が高度化している。(小寺貴之)

  • 東京農工大のヒヤリハットDBの操作画面、左が車載カメラの映像、右が加速度や車速(東京農工大提供)

《市街地運用へ整備進む》

【無償で提供】

「大学研究者が構築したら数億円では済まない。そのDBの無償提供が始まった。どんな狙いがあるのか」と理化学研究所革新知能統合研究センターの杉山将センター長は首をかしげる。独ダイムラーと独マックスプランク研究所などのチームが研究者向けに無償提供を始めた走行映像DBについてだ。市街地などでの走行映像に、歩行者や標識、走行車両などの精緻な学習用ラベルを付けた画像が5000枚、粗いラベル付き画像が2万枚ある。AIの開発を促し、完成車メーカーにとって健全な競争環境をつくる効果がある。

データ量は小さいがデータを持たないAI研究者が自動運転分野に参入しやすい環境が整う。

杉山センター長は「現在の公開分はダイムラーの保有するデータのごく一部。現データで好成績を収めれば全データにアクセスできるのだろうか」と思案する。

自動運転AIは静止画群から被写体を識別する画像処理から、動画から状況や行動を推定する研究にシフトしている。時間軸が加わり研究の難度は跳ね上がり、データ量は増えた。現在は毎秒10コマの撮像レートが中心だが、高速カメラやレーザーセンサーなどとの統合処理を模索している。

【共通DB構築】

そこで内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)では走行映像DBの構築を進める。海外の先行事例では、イスラエルのモービルアイが車載機器を提供してデータを集め、AIをブラックボックス化する戦略を進める。こうした動きに対抗するため、日本自動車研究所(JARI)が、データを整備して完成車やサプライヤー各社で共有する仕組みを構築する。JARIの谷川浩ITS研究部長は「完成車メーカーにとっては1社独占ではなく、サプライヤー間で健全な競争原理が働いてほしい。共通DBで開発環境が整う」と狙いを話す。

【膨大なデータ】

DBの走行時間は1482時間で走行距離は約3万キロメートル。実際に市街地や観光地、幹線道路などを走って撮影した。車両にはハイビジョンカメラ5台を搭載。4台で全周囲、1台は前方を撮影し、データサイズは4・2ペタバイト(ペタは1000兆)に上る。4万の走行シーン、400万人の歩行者を収録した。

独カールスルーエ工科大学と豊田工業大学シカゴ校などが公開するDBに比べてJARIのDBは映像だけで情報量が約100倍に増えた。レーザーセンサーで周囲との距離を測っているため、カメラとレーザーセンサーの統合処理も可能だ。JARIの野本和則主任研究員は「映像から周囲環境の3Dデータ復元や、ながら歩きの歩行者や高齢者の行動モデリングなど、自動運転以外の研究にも有用」と説明する。

《50万件の走行シーン収録/危険回避プランの妥当性評価》

【ヒヤリハット】

東京農工大学にも世界から引き合いが集まるDBがある。飛び出しに気付いて急ブレーキを踏むなど交通事故に至る前の“ヒヤリハット”のDBだ。毛利宏教授は「完成車メーカーを抱えるほぼすべての国から連携の打診を頂いている」と説明する。

このDBはヒヤリハットが約12万件、危険を伴わない急ブレーキなども含めると約50万件の走行シーンが収録されている。タクシー会社にドライブレコーダーを提供し、前方映像と車内のドライバー映像を集めた。毛利教授は「プロドライバーがヒヤリハットの場面に出会うのは数十日に1回。狙って収集できるデータではない」という。10年以上データを蓄積してきた。

もともとはドライバーの不注意の発生メカニズムなど、ヒューマンファクターの研究用DBだったが、自動運転でAIの学習データとして注目された。DBにはカメラ映像に加えて、車の加速度や推定車間距離、ブレーキを踏んだタイミングなどが収録されている。ヒヤリハットDBの事故形態は交通事故統計の分布とよく似ていて、画像識別やシミュレーション技術とヒヤリハットDBと組み合わせると、危険なシーンをモデル化して網羅できる。AIの危険度判定の精度や、AIの危険回避プランの妥当性評価に応用できる。

【発作の事例も】

運転中のてんかんや脳卒中の発作など、極めてデータを集めにくい事例の収集も始まった。産業技術総合研究所自動車ヒューマンファクター研究センターと筑波大学付属病院は完成車メーカーなど13社・機関でコンソーシアムを設立。患者にドライブシミュレーターやテストコースで運転してもらい、運転中の認知・生理データを収集する。運転支援型の自動運転でAIがドライバーの急変を検知するための基礎データになる。

てんかんの軽度発作は患者本人も自覚できないことが多い。自動車HF研究センターの北崎智之センター長は「想定患者数は疾患当たり数十人でDBと呼べるほど大規模にはならない。だが運転中発作のデータはなく、一人ひとりのデータが貴重」という。

課題はDB維持費の捻出とDB拡張の自動化だ。JARIの走行映像DBは4・2ペタバイトと大きいため、多くの研究者が使えるようにクラウドに上げるとストレージ代だけでも維持費がかさむ。現在は磁気テープで保管している。建造物の3Dデータ化でインフラ保守、街の混雑推定は小売り、高齢者の行動推定は福祉機器の開発評価など、他の研究分野と連携して予算を捻出したい考えだ。

【患者会の協力】

東京農工大のヒヤリハットDBは、タクシー会社にドライバーの運転状況を助言することで協力を得ている。運転中の発作DBは患者会の協力が不可欠だろう。産総研の小峰秀彦生理機能研究チーム長兼広島大学教授は「日常行動などのライフログと連携して早期発見などで付加価値を高めたい」という。

完成車メーカーは「つながる車」から集まるデータを処理する情報基盤を整備中だ。各DBで開発されるアプリケーションは新サービス創出につながる。AIの高度化とサービス開発を両立させるデータ連携が求められる。

(2017/1/13 05:00)

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