標準必須特許 ライセンス交渉のポイント(10)米欧中のSEPに関する動向

(2023/3/30 05:00)

交錯する政策・司法判断

最終回となる今回は、標準必須特許(SEP)に関する諸外国における動向について紹介する。まず、米国においては、2013年に「SEPの権利侵害についての差し止めは、公共の利益に合致しない場合がある」旨の政策声明が出された後、当該政策声明がSEPの権利侵害について差し止めは認められないと曲解されているとの懸念から、19年に当該政策声明を取り下げるとともに「差し止めは、SEPの権利侵害においても等しく利用可能である」旨の政策声明が出されている。

その後、21年7月には、競争促進のために、19年の政策声明の改訂も含めて、知的財産法と競争法の交錯領域に関する考え方の見直しの検討を指示する大統領令が発令された。この大統領令を受けて、21年12月に、司法省(DOJ)、米国特許商標庁(USPTO)、および国立標準技術研究所(NIST)が共同でSEPに関する政策声明ドラフトを公表し、これに対する意見募集が実施されている。

しかしながら22年6月、DOJらは、寄せられた意見を検討した結果、競争とイノベーションを促進するためには政策声明を撤回することが最良と結論付け、既存の政策声明を撤回することとした。したがって、現在、米国においてSEPに関する有効な政策声明はなく、SEP保有者や実施者が反競争的に市場力を利用していないかどうかはケース・バイ・ケースで判断するとされている。

このほか22年7月には、USPTOは世界知的所有権機関(WIPO)とSEPの紛争解決に関する協力について覚書を締結している。この覚書では、USPTOとWIPOは、WIPO仲裁調停センターおよびUSPTOのリソースを活用してSEPの紛争解決に向けた効率的かつ効果的な取組を行うことなどが合意されている。今後、具体的にどのように協力が進められるのかが注目される。

続いて欧州については、21年に欧州委員会(EC)が「SEPに関する新たな枠組」と題する取組の計画を公表している。本取組は、公平でバランスの取れたSEPライセンスの枠組を構築するものであり、立法措置と非立法措置を組み合わせる可能性があるとしている。ECは本計画の一部として、22年2月から5月にかけてSEP保有者や実施者らに対してSEPのライセンス交渉における課題等に関する意見募集を実施した。この意見募集の結果を踏まえて、どのような措置が取られるのかは現時点で公表されていないが、予定では23年第2四半期に、措置の提案についてECでの採択がなされる見込みである。

最後に中国については、2020年に、中国の裁判所が多数の訴訟差し止め命令(Anti-Suit Injunction。以下、ASI)を発出したことが話題となった。ASIとは、複数の国において実質的に同一の紛争が生じている場合に、いずれかの国の裁判所が、一方の当事者による外国裁判所への訴訟の提起や継続等の司法的救済を制限するために発出する差し止め命令のことである。ASIは中国のみで発出されているわけではないが、20年は特に中国において多数のASIが発出されたことで注目を集めた。

筆者の知る限り、中国において21年以降SEPに関してASIが発出された事件は確認されないが、22年には、EUが中国のASIを巡る措置は、例えば特許権者の排他的権利の行使を制限している等の点からTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)に違反しているとして、世界貿易機関(WTO)に提訴したことが注目を集めた。その後、23年1月には、本件について審理するパネル(小委員会)が設置された。今後は、パネルにおける審理が行われる予定であり、その行方が注目される。

以上、10回にわたって、SEPを取り巻く課題やライセンス交渉のポイント、各国の動向について紹介した。本連載を通じて、標準必須特許について、少しでも理解を深めていただけたら幸いである。(おわり)

(2023/3/30 05:00)

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