[ ロボット ]

【ロボット新潮流! vol.1】東京大学大学院・松尾豊 特任准教授インタビュー(下)- 経済産業省 METI Journal

(2017/11/7 18:00)

  • 「日本はどちらを選びたいか」(松尾さん)

良質なデータ集まるビジネスモデルを

―プライバシーをクリアしたとしても、データだけが集まればいいわけではありません。どんな意味を持つデータか、ラベルをつけないとAIが学習できないのでは。

 「農業用のデータなら農家にラベルをつけてもらうしかない。SNSで流れているデータは、ユーザーが写真と一緒に状況説明や感想を挙げる。ユーザーが自発的に楽しんで行い、SNSにラベルのついたデータが集まる仕組みだ。これに似た仕組みを現場の専門家と作り上げる必要がある。初めはお金を払ってデータにラベルをつけてもらう必要もあるだろう。データへの投資とは、単にデータを集めるだけでなく、良質なデータが集まるビジネスモデルを構築することでもある」

 ―専門知識は先進国が有利ですが、簡単なデータ加工は新興国など人件費の低い社会の方が有利ですね。

 「最近、エチオピアを訪ねる機会があった。貧しく道路や家はボロボロで、料理もあまり美味しくない。だが服と車はきれいで日本で売られている商品とあまり変わらなかった。これはアジアで安く生産され、世界中に流通しているためだ。衣服や車、食材などデリバー(物流で運べる)できる商品は後進国も先進国もほぼ変わらず、建物や交通インフラ、料理など、デリバーできないモノ、その場で作らねばならない料理や建築物は貧しいままだ。だが、これらもロボットによってデリバーできるようになる。人間がその場で作ってきたのは、目が必要だったからだ。目を持ったロボットが代わりに働けば、世界中、同じ品質の仕事ができる。今後、商品やサービス、インフラも世界中で差がなくなっていく」

「そしてサービスを買いながらデータを提供する社会と、サービスを提供して収集したデータでサービスを改良し、技術開発で利益を上げる社会の二つに分かれるだろう。日本はどちらを選びたいか。サービスを提供する側に回りたければ、商品やサービスで世界からデータを集めるビジネスモデルをつくるしかない。米国や中国は始めていて、商品やサービスが出てきている。日本企業はいままで通り、普通に戦えば普通に負ける。ITで負けてきた歴史を繰り返すだけだ。戦い方を変えなければならない」

 ―IoTやウェブサービスは各社がデータ独占を競っていて、製造業など既存の産業ではバリューチェーンのデータ化が進んでいます。ただ独占競争というよりは費用対効果を測りかねている印象があります。いまからでも勝てそうな分野は。

 「低頻度でデータが出てくる分野だろう。高頻度でデータが得られる分野はちゃんと集めれば良い。低頻度な分野は、勝ちモデルが決まっていない。製品やロボットを通して初めて、データが集められるようになる分野は独占しやすい。ハードウエアが技術的に難しければ他は参入しにくく、リスクをとって先にハードを普及させる戦略もある。いずれにせよ、端から見て勝ちモデルが明確になった段階で勝敗がついているか、参入機会を逃している」

ピーク年齢は20代

―設備投資がデータと人への投資に変わると伺いました。AI分野は人材獲得競争が激化しています。高額報酬は投資になりますか。

 「ソフトウエアやITの世界では優秀な人と、そうでない人で約30倍、生産性が違う。これが報酬に反映されるのは自然な流れだ。プロスポーツ選手のようにトップエンジニアや研究者を数億円で迎えることは珍しくない。また情報技術者のピーク年齢は20代。30代で円熟し、40代はマネジメントにまわる。これは米グーグルのラリー・ペイジもフェイスブックのザッカーバーグ、アップルのジョブズ、マイクロソフトのゲイツもそうだった。対して日本企業では20代につまらない作業をさせている。40代は60代の経営層に技術や実績を説明して、60代が理解できなければ流れてしまう。40代は決定権も持たない。野球に例えると、監督が打席に立っているようなものだ。本来もっと実力があるはずだが、組織として力を損なっている。海外から見ればくみしやすい相手だ」

 ―ものづくりやロボットは、技術のすり合わせの塊なので経験が重要です。裁量が上の世代にいくのは自然だと思います。

 「ピーク年齢は業種や職種で変わる。研究者では数学が20代、工学は30から40代、政治学など答えのない学問は年齢とともに力をつける。ハードウエアのすり合わせは40代、経営者は人脈や危機管理、経験が必要で高齢になる。いま日本が負けているのはITやソフトウエアとハードウエアの融合領域だ。ハードのすり合わせが強いところで競争力を保っているが、ソフトが重要な領域では勝てたことがない。必要な技術とその人材のピーク年齢に合わせて組織体制を見直す方が自然だろう」

  • 「ユーザーのレベルを上げることこそが、技術力を上げる道だ」(松尾さん)

“レバレッジ”で規模のメリット生かせ

 「その答えの一つが若いAIベンチャーとハードウエア大企業の連携だ。また連携に“レバレッジ”という概念が必要だ。ベンチャーなどが大企業のデータや資産を使って、サービスを改善し、その資産を増やすことができたら、その利益の何割かをベンチャーに支払う。ベンチャーだけでハードやデータ独占競争を戦うのは難しい。すでに市場や顧客を抱える大企業の資産を活用できれば、規模のメリットを受けられる。ベンチャーが1兆円事業を立ち上げるのは難しいが、5兆円の事業を10兆円に伸ばしたら1兆円もらえるとなれば、世界から人材が殺到する。ベンチャーと大企業だけでなく、若者と高齢者など世代間での連携も同じだ。すでに人口が多く、増え続ける高齢者の課題を解いたら、若者に還元されるのであれば、本気で社会課題に挑戦するだろう」

 ―レバレッジを効かせるモデルはモラルハザードに陥るリスクが小さくありません。

 「当然、倫理や人格教育はセットだ。科学技術は多くの人に支えられていること、すぐに成果が出なくても研究開発を続けられるメンタリティーは教えないといけない。これは日本の組織の強い部分だったはずだ」

 ―一人ひとりができることは。

 「人工知能技術について最低限の知識は身につけてほしい。日本ディープラーニング協会を設立し、ジェネラリスト用とエンジニア用の検定・資格試験を始める。AI関係の投資話は相手を簡単にだませてしまう。技術や限界を知らなければイメージに踊らされてしまう。本心でいうと、産業や科学技術政策を担う人は全員に受けてもらいたい。産業用ロボットを自動車メーカーが育てたように、賢いユーザーが技術を育てる。ユーザーのレベルを上げることこそが、技術力を上げる道だ。日本がITで勝てなかった原因でもある。健全な技術開発を促すためにも一人ひとりが人工知能を学んで、競争力を高めてほしい」

【略歴】

 松尾豊(まつお・ゆたか)1997年(平成9年)東京大学工学部電子情報工学科卒、2002年同大学院工学系研究科電子情報工学博士課程修了。博士(工学)。同年より独立行政法人産業技術総合研究所研究員、2005年よりスタンフォード大学客員研究員、2007年より東京大学大学院工学系研究科准教授、2014年より同特任准教授(現職)。2015年より産業技術総合研究所人工知能研究センター企画チーム長(現職)、2017年より日本ディープラーニング協会理事長(現職)を兼任。専門は人工知能。

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ロボット新潮流! バックナンバー

vol.1 東京大学大学院・松尾豊 特任准教授インタビュー(2017/11/7)

vol.2 ロボットベンチャー、百花繚乱(2017/11/10)

vol.3 ロボットが支える介護現場(2017/11/13)

vol.4 物流の世界がロボットの主戦場に?(2017/11/17)

vol.5 同僚がロボットの時代に(2017/11/21)

vol.6 GROOVE X・林要代表取締役インタビュー(2017/11/24)

vol.7 ロボットデザインの今(2017/11/27)

vol.8 産業用ロボットへの期待、さらに高まる(2017/11/28)

vol.9 Mission ARM Japan・近藤玄大理事インタビュー(2017/11/29)

vol.10 ロボットクリエーター・高橋智隆氏インタビュー(2017/12/01)

(2017/11/7 18:00)

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