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[ 科学技術・大学 ]
(2018/1/4 05:00)
オープンポーズの骨格推定例(米カーネギーメロン大)
人工知能(AI)などの情報科学の研究領域で、成果のオープン化が広がる。国際学会に投稿する前に論文を公開し、さらに開発したプログラムをネットで公開してユーザーを集めている。論文の査読結果を待たなくても、プログラムを動かせば使い勝手がわかり、コードを読めば開発者の実力が分かる。その結果、使える技術は拡散し、ユーザーやアプリ開発者が自然に集まる。研究者の評価法が変わる局面が迫りつつある。(小寺貴之)
≪IT大手は技術・人材囲い込み≫
【急速な進化】
囲碁最強のAIがチェスや将棋でも最強に―。米グーグルの親会社アルファベット傘下の英ディープマインドが2017年12月、AIアルゴリズム「アルファゼロ」の論文を、米コーネル大図書館が運営する論文投稿サイトに投稿すると、すぐにニュースが世界を駆けめぐった。内容は囲碁AIのアルゴリズムを将棋やチェスに転用すれば、AIは無垢(むく)な状態から独学でゲームを学習し、他のチャンピオンプログラムを破る力をつけたものだ。専門家が査読する前の論文ながら、AIの進化を象徴する研究として受け止められている。
このように学会での発表や科学誌に掲載される前に論文を公開することが当たり前になってきている。理化学研究所革新知能統合研究センターの杉山将センター長は、「AIの分野では、最先端の研究を評価できる人材が限られていることも一因」と説明する。
技術の発達のスピードに論文の査読が追いつかないため、アイデアの先進性と公表日時を確定させるため、国際学会への投稿にあわせて論文を公開する。
投稿から数カ月後になってようやく学会で正式に発表するころには、研究室では数段階技術が進む。「学会で発表を聞いて驚いているようだと、2周以上遅れることになりかねない」(杉山センター長)。
【ヘッドハント】
さらに論文だけでなく開発したプログラムは、開発共有ウェブサービスの「GitHub」(ギットハブ)などで公開される。例え論文が良かったとしても、使えない技術は淘汰(とうた)される一方、使える技術にはユーザーが集まり、各方面への応用開発が進んでいく。
米カーネギーメロン大学が開発する「OpenPose」(オープンポーズ)は映像中の人物の骨格を、深層学習(ディープラーニング)で推定する。動画だけで3次元的な身体の動きを推定できるため、スポーツ分析や工場作業員の生産性分析といったアプリの開発に利用されている。
慶応義塾大学の山口高平教授は、「優秀な学生がギットハブに挙げたコードを企業が見て、ヘッドハントされていく」と苦笑する。同業者がコードを見ればプログラマーとしての能力は測れる。新卒採用の人物評価ではなく、開発した実物を評価されるため学生の士気は上がる。研究成果のオープン化によって、実物で実力を評価する環境は広がった。
【生産性30倍に】
米国の研究者や技術者にとって次のポストを確保し、給与を上げるためにも成果物の公開は重要だ。実績を世に出し、広めることでAI開発者コミュニティーの中でのポジションを高めている。
ただ、IT大手にとっては研究成果の一部が公開されるデメリットも存在する。実際、AIのアルゴリズムやサービスが次々に無償公開され、技術開発では競合に追いつかれやすくなっている。そこでIT大手はサービスを磨き、顧客の囲い込みを進める。顧客接点を握っていればデータを囲い込める。アルゴリズム自体に差がなくても、ここで培ったデータの質や量でAIの性能を補えるためだ。
また競合するIT企業にとっては、AI技術の開発に投資しても、似た技術をいつ無償で公開されるか分からない環境におかれる。世界一の認識精度のAI技術を開発しても、すぐに2番目、3番目のAIが公開されかねない。基盤技術への投資は及び腰になりかねない。
IT業界では研究成果の囲い込みよりも、そうしたオープンな現場を求めてやってくる人材の獲得競争が優先されてきた。結果として給与も高騰している。東京大学の松尾豊特任准教授は、「情報系では優秀な人と、そうでない人で生産性が約30倍変わる。これが報酬に反映されるのは自然な流れ」と説明する。また、杉山センター長は「研究者を引き抜くだけでは済まず、研究室が丸ごと買収されるようになった」と指摘する。
IT大手は無償公開で基盤技術の開発競争から競合を振り落としつつ、自社に技術と人材と集める。周辺企業には開発した技術の応用を促す。日本の企業は事業に近い応用技術は成果公開が難しく、日本の大学は企業と報酬額で競えない状況にある。
≪ハードウエアとの連携必須≫
【データ魅力に】
そこで研究テーマや保有データを魅力として人材を引きつける試みが広がっている。トヨタ自動車の米研究子会社「トヨタ・リサーチ・インスティテュート」(TRI)のギル・プラット最高経営責任者(CEO)は「社会に大きなインパクトを与えるにはネットの中にとどまらず、現実世界の問題を解かねばならない。TRIでは自動車の安全問題やロボットによる高齢化社会対応に取り組めることが(参加の)魅力となる」と説明する。
社会課題を解くには、AI技術とロボットなどのハードウエア技術との連携が必須だ。まだサービスの寡占化が進んでおらず、製造技術を含めれば日本企業が強い分野のはずだ。
それでも産業界と学術界がバラバラでは戦えない。AI人材の評価や研究環境のあり方を変える局面にある。
(2018/1/4 05:00)