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【電子版・連載】出張中に遭遇した小さな事件簿 第2話「置き去られた黒いカバン」

(2018/6/3 07:00)

  • さかい三十郎。彼は重工業メーカーで造船・プラント・工作機械事業に携わって40年の経歴を持つ出張多きサラリーマンである。彼はサムソナイト鞄(かばん)とバインデックス手帳を愛用している。ちなみにサムソナイト鞄は時に、新幹線の車内混雑時にはいすに替わる(イラスト:小島サエキチ)

 彼の名は「さかい三十郎」。正義感にあふれた庶民派である。そんな彼が出張時に出会ったノンフィクションのハプニングを「小さな事件簿」としてつづったのが本連載である。

 「本当にそんなことが新幹線内で起こるの? 信じられないなぁ…」との思いで読まれる方も多いかもしれないが、すべてノンフィクション(事実)なのである。彼の大好きな「映画の話」もちりばめてあるので、思い浮かべていただければ幸いである。

 それでは車内で遭遇した事件簿の数々をご紹介させていただく。

* *

カバンの中に“時限爆弾”が…!

 列車を利用したサスペンスといえば黒澤明監督の「天国と地獄」(製作1963年、上映時間143分)であろう。山崎努が演じる犯人は、子供誘拐の身代金を入れる「カバンの厚み」を「7cm以下にしろ」と指示してくる。当時の「こだま」号の車内では窓は開かない。ホシはどうやって金の受け渡しを行うのか?この疑問の答えは次のようなものであった。

 「トイレの窓だけは7cm開く。カバンは富士川の手前で投げ捨てろ!」

* *

 さて、本編である。異常宗教集団が地下鉄テロ事件を起こしていた最中のことである。三十郎は夕刻、東京駅から新幹線「ひかり」号に乗車し、名古屋駅で「こだま」号に乗り換え、岐阜羽島駅に到着した。ちなみに、このこだま号は意外と混んでいることが多い。そのとき、事件は発生した。

 前回(9月号)も書いたが、三十郎は1号車自由席の通路側(D席)に着席する習性をもつ。そのとき、D席の窓側E席を利用していた男が黒いカバンを座席に置き去り、車内からプラットホームへと向かった。振り向く仕草も見せずに…。

 おりしも車内アナウンスがされた。

 「車内で不審物を発見された場合は、手を触れずに乗務員に連絡ください」

 その男は約5分経過しても戻ってこない。

 出張中も業務に追われ、携帯パソコンを叩いていた三十郎には、時間も心にも余裕がなく、車内空間時間は経過していった。右手の車窓には追い越していく「ひかり号」が見え、激しい振動が伝播してくる。そして、“その時”がやってきた。“秒針が刻む音”が妙に気になる。心なしか耳鳴り、胸の高鳴りもしてきた。

  • (イラスト:小島サエキチ)

《こ、これは時限爆弾だ!》

 彼はテーブルを跳ねのけ、車内からデッキへ向かった。さらに、駅員と犯人捜しのために、プラットホームへと駆け出した。奴がいた。20m先、キオスクの手前である。

 「おい貴様、何ばしとっとか!」

 三十郎は興奮すると、どもり気味の九州弁となる(正確には福岡・柳川弁と長崎弁の副産物弁であるが…)。

 動揺したその男は振り向き、そして口走った。

男「何ですか、やぶから棒に」

三十郎「何もかんもあるか。あのカバンは何か?」

 男から一瞬のためらいが感じとれた。やがて馴れた手で仕草をしながら呟いた。

男「時間待ちに煙草を吸っているだけですよ」

 三十郎は15歳のときにアルバイトをはじめたころに初めて喫煙を経験してから、35歳で禁煙するまで、1日30本喫煙する愛煙家であった。そんな彼には、一瞬にしてこの状況が理解できた。

 なんのことはない。男は「禁煙車内で我慢できなくなり、『ひかり』号の通過待ち時間を利用して喫煙していた」のであった。何とも人騒がせな黒カバンであった。しかし、何とも「奇妙な車内空間時間」を経験させてもらった。

* *

 劇中の時間をリアルタイムで進行させていた映画を思い出した。「ハイヌーン・真昼の決闘」(製作1952年、上映時間84分、監督フレッド・ジンネマン)である。10時40分、結婚したばかりのゲーリー・クーパー扮する保安官が登場し、ラストの無法者4人との対決シーンまでの80分が現実の時間に合わせて構成され、臨場感を醸し出した西部劇の名作である。

 三十郎は保安官が撃った弾数を数えたことがある。6発の後、弾込めをしていた。リアルな描写である。無法者は弾を撃ち尽くし、込める最中に花嫁グレース・ケリーから撃たれる(余談だが、三十郎はクーパーが宿泊したハリウッド・ホテルの部屋で、顔写真とともに撮ったスナップ写真を今も大事に保管している)。

 なお、本作には有名なエピソードがある。劇中の「町の人たちの非協力的な態度に怒り、保安官バッジを投げ捨てる」シーンに、ジョン・ウェインが反発したとのことだ。このためか、ジョン・ウェインは「保安官バッジを大事にするリオ・ブラボー」に後日、主演している。

 しかし、勝ったのはクーパーである。アカデミー主演男優賞に輝いており、この受賞式に代理出席したのがウェインであったという、皮肉な落ちもついている。補足ながら、バッジを投げ捨てるシーンはクリント・イーストウッド主演「ダーティ・ハリー」内でも演じられた。

事件始末記

 座席に荷物を置いたまま席を離れるということは、よく考えれば普段もやっている行為である。列車が発車し、次の駅到着の間に、座席に物を残し、トイレに行く。たとえ、盗難にあっても犯人は限定されるし…ついつい放置してしまう。また、自由席車両では「席取り」の意味もある。

 でも、気をつけよう。今回みたいなことを誰かにさせてしまうかもしれない。

 三十郎と男は、このあと、車内でビールを飲み交わし、米原駅で別れた。三十郎は別れ際に心の中でつぶやいた…。

《カバンの中に目覚まし時計を入れるのは、やめましょう!》

(雑誌「型技術」三十郎・旅日記から電子版向けに編集)

(2018/6/3 07:00)

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