[ オピニオン ]

【電子版】論説室から/仏マクロン政権窮地の陰で、「フレンチテック」大躍進

(2019/2/7 05:00)

 燃料税引き上げをきっかけに、国民の経済格差是正を求めてフランス全土に広がった反政府デモの「ジレジョーヌ(黄色いベスト)運動」。日産自動車前会長、カルロス・ゴーン被告の逮捕拘留により、政府系自動車メーカーであるルノーと日産との経営統合というフランス側の構想が事実上の暗礁に・・・。

 このところ、経済エリートであるマクロン仏大統領の経済政策が壁にぶつかり、支持率は大幅に低迷。政権運営に前途多難な印象さえ感じさせるようになった。その一方で、180度違う別の風景が広がるのが、政府によるスタートアップ企業支援策「フレンチテック」だ。マクロン大統領がオランド前政権で経済・産業・デジタル担当相を務めた当時からの取り組みで、ここに来て大きく花開いた。

 「欧州のスタートアップのエコシステム(生態系)でパリはロンドン、ベルリン、バルセロナに続いて4番目だが、非常に勢いがある。欧州でのスタートアップ先進国はフランス、との評価が出ているほどだ」。日本貿易振興機構(ジェトロ)の主催により、2月4日にパリとデュッセルドルフを対象にスタートした欧州イノベーションミッション。ジェトロの片岡進パリ事務所長はフレンチテックの優位性をこう話す。

 実際、アーンストアンドヤングの調査でフランスは、17年に資金調達額および件数でドイツを抜き欧州2位に。資金調達は15年から増加しているが、18年には調達額が36億2000万ユーロと前年比40%増の水準にまで急増した。

 さらに、1月初めに米ラスベガスで開催された世界最大級のデジタル家電見本市「CES2019」。イノベーティブな製品展示で投資家などから注目されるスタートアップパビリオンの「ユーレカ・パーク」に参加したフランス企業は315にも上る。これは米国の293を上回る国別第1位で、大きな話題となった。

 こうしたフレンチテックの成長の背景には、政府の研究開発優遇税制により外国企業がイノベーションセンターを相次ぎフランス国内に設けたり、中小企業のイノベーション投資が活性化したりと要因はいくつかあるという。中でも、フレンチテック発展の最大の理由について、ジェトロの片岡所長は「政府が(スタートアップの活動を支援する)アクセラレーターに資金を出していること」を挙げる。

 フランスはもともと数学やアルゴリズムに秀で、米フェイスブックで人工知能(AI)研究を率いるヤン・ルカン氏はじめ、AIで優秀な研究人材を輩出しているのも強みという。同社のほかグーグル、マイクロソフト(MS)などがAI拠点を構える一方で、さまざまな企業がAI人材の採用合戦を繰り広げ、AI関連のスタートアップも多い。

 金融とITを融合するフィンテックなどにも力を入れ、パリ市が設立した公的アクセラレーター、パリス・アンド・コー(Paris&Co)では、フィンテック系スタートアップ振興のプラットフォーム(基盤)となる「ル・スウェイブ」を運営。金融大手なども巻き込みながら、スタートアップの開発したアプリケーション(応用ソフト)の実証実験を共同で実施し、早期の実用化を支援している。

 一方で、最近の中国経済の減速から「豊富なベンチャーマネーを供給してきた中国からの資金が減り、フレンチテックも今のペースでの資金調達は難しくなるのではないか」(シリコンバレーのエンジェル投資家)との厳しい見方もある。

 それでも、パリス・アンド・コーのカリン・ゴダール共同最高経営責任者(CEO)は、「今後も上昇トレンドは続くと見込まれる」と強気の読み。ゴダールCEOによれば、昨年はスタートアップに対して合計450件の支援を行ったのに対し、成長を加速すべく今年は1000件を目指すという。

 フランス経済・財務省で国際戦略部門長兼フレンチテック国際アドバイザーのゴルティエ・グランガゾー氏も、現状に満足せず、トップレベルのスタートアップ集積地として、さらなる基盤固めを急ぐ考え。今後2年間は、人材を世界から集め事業のスケールアップを目指す「ハイパーグロース(超成長)」と、多様性を拡大しながら社会の難問に技術で立ち向かい、ユーザーにとって必要不可欠な存在になる「永続性」を目標に据える。

 そして、日本を含めたスタートアップ関係者の間で聖地巡礼のように視察が相次いでいるのが、純民間主導で17年7月にパリ市内にオープンした世界最大のインキュベーション施設「Station F(スタシオン・エフ)」だ。3万4000平方メートルという広大なスペースに約1000社が入居し、フランスのスタートアップの隆盛ぶりを大きく後押ししている。Station Fについては、稿をあらためて紹介する。(モノづくり日本会議・藤元正)

(このコラムは執筆者個人の見解であり、日刊工業新聞社の主張と異なる場合があります)

(2019/2/7 05:00)

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