コンクリート構造物の長寿命化

(2019/11/21 05:00)

業界展望台

東北大学名誉教授 三橋 博三

ひび割れを自ら修復 自己治癒コンクリート

少子高齢化の時代を迎え、人的にも財政的にも困難が予想される維持管理の負担を軽減すべく、コンクリート構造物の長寿命化技術の開発が急がれている。そこで、劣化に大敵なひび割れを自動的に修復する「自己治癒コンクリート」について、その技術の概要と課題を紹介する。

新技術の開発 喫緊の課題

私たちを取り巻く生活環境や社会経済活動は、さまざまなコンクリート構造物によって支えられている。コンクリートは、基本的にはセメントと水の化学反応による水和生成物で大小さまざまな岩石を結合した、圧縮に強い複合材料である。

しかしながら、引っ張りには弱いため鋼材を適切に埋設して補強しているが、乾燥などに伴う収縮ひび割れやその他さまざまな原因でひび割れが発生する。これらのひび割れは、鋼材の腐食を引き起こす劣化要因の侵入路となり、急速な性能低下を引き起こすカギとなる。

今後少子高齢化が進む中で、中長期的な維持管理・更新などに関わるコストの縮減がますます求められることから、ひび割れを抑制してコンクリート構造物の長寿命化に資する新技術の研究開発・導入が喫緊の課題となっている。

コンクリートに備わる能力引き出す

コンクリート構造物の長寿命化を実現するためには、初期コストが高くとも高性能な材料を用いてひび割れ発生を長期にわたり抑制するか、適切な頻度で修復を重ねる必要がある(図1)。

  • 時間と性能・コストとの関係模式図

それらに代わる解決策として期待される新たな技術が、発生したひび割れを自動的に修復する自己治癒コンクリートである。コンクリートのひび割れを治癒するといっても生ずる劣化はさまざまであり、それら全てを修復可能な自己治癒コンクリートはいまだない。この新たな技術のさらなる発展が、コンクリート構造物の長寿命化に寄与することが期待される。

コンクリート構造物に生じた細いひび割れが自然に閉塞(へいそく)される現象は古くから知られており、既に1836年にはフランス科学アカデミーの文献に記録されている。その主なるメカニズムは、大気中の二酸化炭素や水中に溶け込んだ炭酸イオンとカルシウムイオンが反応して生成される炭酸カルシウムの析出・蓄積による閉塞であることが、20世紀末までに分かっている。

その他にも、若材齢あるいは高強度コンクリートの場合は、残存未水和セメント粒子の反応も自然治癒に寄与する。しかしながら、この析出・蓄積はひび割れ表面のごく近傍に限られるので、自然治癒を期待して長寿命化を図ることは難しい。そこで、このコンクリート自体に備わった自然治癒能力を工学的に引き出す方法、すなわち自律治癒の方法が研究されている(表)。一方、ひび割れの発生あるいはひび割れからの水分浸入に自動的に反応して、能動的にひび割れを修復する方法も研究されている。

自己治癒コンクリートの分類と概要

(1)繊維混入による自律治癒

直径0.012ミリ~0.04ミリメートル程度の高弾性合成短繊維を容積率で1.5~2%程度混入したモルタル(高性能FRCC)は、引っ張り力に対して複数ひび割れで抵抗し、ひび割れ幅も抑制される。ひび割れ面間を結ぶ細い繊維に炭酸カルシウムが析出する効果と相まって、ひび割れ幅が狭くなる分、自己治癒が起こりやすくなる。

その結果、自己治癒によって修復できるひび割れ幅が0.3ミリメートルを超えることが実験によって明らかとなった(図2)。

繊維の種類によっても自己治癒能力は大きく異なり、特に極性を持つポリビニルアルコール(PVA)繊維でその効果が大きい。

(2)無機系混和材の混入による自律治癒

混和材として多量に使用されるフライアッシュや高炉スラグなどのポゾラン反応を活用した自己治癒効果なども報告されている。しかしながら、それだけでは閉塞速度は遅く、治癒できるひび割れ幅は0.1ミリメートル程度と限定的である。

ほかにも、膨張材に膨潤性を有する粘土鉱物と結晶化を促す化学添加剤を混合することで、各メカニズムの相乗作用を盛り込んだものや、さらにはこれを無機系バインダー材料で造粒しカプセル化した混和材が開発されている。

(3)超吸水ポリマー(SAP)混入による自律治癒

高強度コンクリートの自己収縮を防ぐために広く用いられている超吸水ポリマー(SAP)混入による自律治癒効果も報告されている。このSAPに多重被覆を施し、練り混ぜ時の吸水膨張を抑制する一方で、ひび割れから浸入する水に対する膨張がより大きくなるように改良した。その結果、膨潤による水分経路の閉塞とそれに続く炭酸カルシウムの析出を可能にし、ひび割れ幅0.14ミリメートルまでの自己治癒を可能とした。

(4)カプセル(タブレット化も含む)分散による自動修復

エポキシ樹脂などのひび割れ補修剤を封入した中空微小パイプやマイクロカプセルをコンクリート中に分散混入しておき、ひび割れ発生時にその補修剤を放出するというものである。

しかしながら、カプセル材料や補修剤が長期間高アルカリ環境下で持ちこたえられるか、ひび割れ経路に十分な数のカプセルが配置されるか、補修剤がひび割れ内に十分放出されるか、カプセルの介在がコンクリートの強度や剛性に悪影響を及ぼさないか、など課題は多い。

一方、好気性バクテリアの生物代謝反応を利用して、ひび割れ中に炭酸カルシウムを析出される方法が開発されている。バクテリアと生物代謝反応のための栄養物質をカプセル化してコンクリートに分散混入しておくと、ひび割れ発生によって浸入した水と酸素によってバクテリアが活性化し、栄養物質を分解・反応して自ら能動的に炭酸カルシウムを析出し、ひび割れを閉塞することができる。

栄養物質としては、乳酸カルシウム塩や酢酸カルシウム塩などが用いられ、高アルカリ環境下でもバクテリアは長期間持続できる。

(5)パイプネットワークによる自動修復

身体中に血管が張り巡らされているように、構造物の至る所に補修剤を封入した中空パイプなどをあらかじめ埋設しておくと、ひび割れ発生に伴いパイプが壊れて補修剤が自動的に放出される。

問題はパイプの素材である。ひび割れが生じたら容易に壊れるためには、例えばガラスのような脆性材料でなければならないが、施工期間中に壊れてはいけない。そこで、あらかじめ型枠中にポリウレタンチューブを埋設しておきコンクリート硬化後に抜き取って小さなトンネルを張り巡らせる方法や、3Dプリンターを使った方法など、さまざまな試みがなされている。

一方、パイプ中の補修剤の選択も重要である。埋設後数十年たって「いざ、補修開始」となった時にきちんと流れ出る状態と性能を保持していることが絶対条件となる。

今後の課題

(1)適用範囲が限定的

提案されている多くの方法では、その治癒可能ひび割れ幅は0.1ミリ~0.2ミリメートル以下で、0.3ミリメートルを超えた例はごく限られている。また、水分を長期間保持できるSAPの利用や中空パイプなどから補修剤を直接ひび割れへ放出する場合を除くと、全ての方法でひび割れからの水の浸入を前提としている。

また、炭酸カルシウムの析出によるひび割れの閉塞は、透水性や透気性に対する補修はできても、一部の例外を除いて強度回復の報告はない。

(2)コスト対策

コンクリートの単位体積当たりに許容されるコストは、他の先端材料と比べて極めて低く、実用化にはコストの問題が大きな障壁となっている。幾つかの方法を複合化するとか、大きな構造物の中で治癒が最も必要な部分への限定的な適用などが考えられる。

(3)長期耐用への信頼性

コンクリート構造物の耐用期間は非常に長く、建設から長い期間経過後に発生するひび割れに対して十分な自己治癒効果を発揮できるのか、開発の歴史が浅いこともあって、社会的信頼を得るに至っていない。また、その補修効果の定量的な検証法の確立はいまだ途上にある。透水係数よりも厳密に閉塞度を測定可能な透気係数で測定した結果も報告されている(図3)。繰り返し発生するひび割れを何度も補修できることも長寿命化には必要である。

(2019/11/21 05:00)

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