建設産業 国土強靭化に向けた取り組みと今後の展望

(2021/3/2 05:00)

業界展望台

京都大学大学院教授 藤井 聡

南海トラフ地震や首都直下地震、そして大都市部の巨大高潮・洪水は日本の命運を左右する恐るべき「国難」であるが、それに対する国土強靱(きょうじん)化対策を施せばその被害を大きく軽減できる。残念ながら、わが国の強靱化の推進速度は必ずしも十分とは言い難いものだった。しかし、この度閣議決定された5カ年の国土強靱化計画は、わが国の強靱化を滞らせてきた重大な原因である、予算における単年度主義のくびきを一部解除する形で策定された。こうした取り組みのさらなる推進が期待されている。

国難災害がもたらす危機

南海トラフ地震や首都直下地震、そして、大都市における近年激甚化する台風による巨大高潮・洪水は、日本の国力を抜本的に低下させかねない。文字通りの「国難」と言うべき超巨大災害である。これに対する対策を図る「国土強靱化」の取り組みは、わが国における最も重要な政治課題の一つである。

こうした認識から、土木学会では「国難級」の自然災害に対していかに備えるかを考えるべく、「被害」を科学技術的に明らかにするとともに、被害を減ずる「対策の効果」を科学技術的に明らかにする検討を(2017年度会長特別委員会「レジリエンスの確保に関する技術検討委員会」にて)集中的に行っている。

その結果、表1に示す通り、例えば経済被害は南海トラフ地震で1240兆円の甚大な被害が生じることが推計された。高潮や洪水についても、数十兆円規模で生じることも示された。これらの経済被害は、国民が失う累計所得を意味している。

具体的には、首都直下地震で東京23区の人々は平均で1人当たり約2100万円の所得を失い、南海トラフ地震で名古屋市の人々は1人当たり平均で約2100万円の所得を失うという結果が示されている。

国民の所得の喪失にあわせて、これらの巨大災害によって政府の財政当局が大量の税収を失ってしまう「財政的被害」が生じることも示された。首都直下地震と南海トラフ地震の双方で、財政当局は200兆円を上回る巨額の税収を失うことが示されている。

国難を避けるために

地震・津波災害に対しては道路、港湾・漁港、海岸堤防、建築物耐震強化対策を、高潮災害に対しては海岸堤防対策、洪水に対しては河川インフラ整備をそれぞれ行うことによって、経済被害(間接被害)を3分の1から6割程度、軽減できることが示された(表2)。

洪水対策については、被害を完全に消去できる可能性も示された。また、巨大災害に対する公共インフラ対策は、経済被害を削減し、税収の低迷を緩和することで、「財政構造の健全性を守る」ためにも不可欠である(表3)。

政府は国難と言うべき巨大災害の深刻さを認識し、巨大被害は国民による強靱化対策を通して大幅に減少できることを認識せねばならない。

さもなければ、前述のシミュレーションが示す巨大被害が、我々に直撃することとなり、日本はアジアの貧国へと凋落(ちょうらく)していくことが真剣に危惧されるのである。筆者はいまだ、強靱化対策はわが国において十分な速度で進められていないと認識している。

前述の国難を回避するための強靱化の「基本計画」は策定されており、その計画に基づいて少しずつ取り組みは進められてはいる。そして、18年度からは7兆円の事業規模で、3カ年の国土強靱化の緊急対策が実施されてもいる。

年限と事業総量を明記

  • ダムは洪水調節、流量の正常な機能の維持などを目的に整備される(試験湛水前の八ッ場ダム)

しかし、現状の事業スピードでは、数十兆円規模の強靱化の取り組みが10年や15年程度で「完了」するために必要な水準にはほど遠い。先に述べた対策を行っても被害は半分以上も残存することが予期されている。そのため、いつまでたっても国難に対する十分な強靱化が進められず、それが未完の間に国難級の巨大な地震なり洪水なり高潮が発生することは、避けられない状況なのである。

菅内閣は来年度から15兆円規模で5カ年の国土強靱化計画を推進することを閣議決定した。筆者はこの5カ年だけでは、まだまだ不十分な水準であると認識している。しかし、この閣議決定はここ20―30年間の政府決定の中では極めて「画期的」なものであると考えている。

なぜなら、これまでの国土強靱化計画は進めるべき施策の内容が記述されてはいるものの、「いつまでに、どれだけ完了させるのか」という点については一切言及されていなかった。一方、今回の閣議決定はその点が明記されたからである。これは現在の日本政府、ないしは財務省が金科玉条のごとく守ってきた「単年度主義」の「くびき」を取り外すものであった。

かつてはインフラ整備の長期的な合理性を確保するために、5年、10年などの期間のインフラ整備計画を「いつまでにどれだけ完了させるか」を明記する形で策定する(先進諸国が全て採用している一般的な)方式がわが国でも採用されていた。しかし、大蔵省から財務省へと省庁再編の前後から「単年度主義」の思想が強化され、今日では通例のようになっている。

そのような中、今回の5カ年の国土強靱化計画は、流れの一部を断ち切り、単年度主義の「くびき」を一部とり外す形で年限と事業総量を明記する形で閣議決定されたのである。

当たり前の計画を策定してこそ、わが国の強靱化は効果的に促進されることになる。この閣議決定を皮切りとして、合理的・理性的な強靱化計画が推進され、わが国が抜本的かつ速やかに強靱化されることを願いたい。

(2021/3/2 05:00)

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