産業春秋／小林さんの大役

難局にあって、類いまれな指導力を発揮する。今の産業界でその代表選手と目されるのが、三菱ケミカルホールディングス（ＨＤ）会長の小林喜光さんだ。

経済同友会の代表幹事という大役を果たしつつ、会計不正で揺れた東芝の社外取締役や政府の規制改革推進会議の議長を歴任。ホンネは言いにくいだろうし、ねたみや反発もあったろう。それでも自分の信念を貫く姿は尊敬に値する。

次の大仕事は、６月に就任見込みの東京電力ＨＤ会長。昨年、日立製作所元会長の川村隆さんが退任してから空席になったまま。「頼まれたら引き受けてしまう性格」と小林さんはかつて笑いながら言っていたが、このポストだけは悩みに悩んだろう。

原子力発電所事故の賠償、処理水の海洋放出、柏崎刈羽原発の再稼働、核防護体制の再構築…。これでもかと難題が待つ。業界からは「あえて火中の栗を拾ったね」という声すら聞かれる。

イソップ童話では、ずるいサルがネコをおだてて火の中のクリを拾わせるという身もふたもない話。産業界有数の賢人、哲人と評される小林さんが、そんな愚かな役を演じるはずもない。率直かつ前向きな発言で、東電の信頼回復を果たしてもらいたい。