標準必須特許 ライセンス交渉のポイント(4)根拠の説明・適時の応答に留意

(2023/1/5 05:00)

各段階で問われる交渉態度

 前稿で紹介したとおり、欧州司法裁判所はHuawei対ZTE事件において、特許権者と実施者が標準必須特許(SEP)のライセンス交渉の各段階で取るべき対応を整理し、両当事者間の「誠実な交渉の枠組み」を示した。この枠組みの中では、図に示すライセンス交渉の進め方が例示されており、本稿では、このライセンス交渉の進め方に沿い、各段階における両当事者の留意点を概説する。

 まず(1)特許権者がライセンス交渉の申込みをする段階では、特許権者は、実施者に対し、SEPを特定する資料(特許番号のリスト、対象標準規格の名称など)およびSEPと標準規格や製品との対応関係を示す資料(クレームチャートなど)を提示して、実施者が特許を侵害している根拠を説明することが一般的である。

 特許権の権利範囲は、請求項(「クレーム」とも称される)に記載された事項により定められるが、クレームチャートとは、請求項に記載された事項と、標準規格または被疑侵害製品との対応関係を示した対比表のことであり、実施者にとっては、侵害の有無の分析に有用な資料となり、特許権者にとっては、その提示により誠実に情報を提供していることを示す手段となり得る。

 特許の請求項と標準規格書は公開されているため、これら自体は秘密ではないが、クレームチャートの提示においては、特許権者は、請求項の用語と標準規格書との対応関係やその解釈を機密情報と考え、クレームチャートを提示する条件として秘密保持契約の締結を求める傾向がある。

 これについて、特許権者が、機密情報を含まないクレームチャートを提示できる場合にまで、提示の条件として実施者に秘密保持契約の締結を要求することは、特許権者の交渉態度が不誠実であると評価される方向に働く可能性がある一方、実施者が機密情報を含む詳細なクレームチャートの提示を特許権者に要求しながら、秘密保持契約の締結に一切応じないことは、実施者の交渉態度が不誠実と評価される方向に働く可能性がある。

 次に(2)実施者がライセンスを受ける意思を表明するまでには、実施者は、特許の有効性や標準必須性、侵害の有無についての判断を行うことになるが、特許権者からのライセンス交渉の申込みに対しては、合理的な期間内に応答することが、誠実な交渉の観点から通常求められる。

 合理的な応答期間については、対象となる特許の件数や、実施者の技術的知見のレベルなど、多様な要素によって変わり得るものの、理由を何ら説明せずに、ライセンス交渉の申込みを放置するなどの交渉の遅延行為は、実施者の交渉態度が不誠実と評価される方向に働く可能性がある。

 この点、ライセンスを受ける意思を表明する段階においては、実施者は、SEPの有効性や標準必須性、侵害の有無について争う権利を放棄せずにライセンスを受ける意思を表明することができると考えられている。そのため、リスクを最小化する観点から、SEPの有効性等を争う権利を留保しながらも、交渉の早い段階でライセンスを受ける意思を表明することが安全だと考えられる。

 その後(3)特許権者がライセンス条件を具体的に提示する段階では、特許権者は、提示した条件がFRANDであるかどうかを実施者が判断できるよう、ロイヤルティーの算定方法に加えて、それがFRAND条件であることを説明する具体的な根拠を示すことが一般的である。

 また(4)実施者がライセンス条件の具体的な対案を提示する段階においては、実施者は、提示した条件がFRANDであるかどうかを特許権者が判断できるよう、ロイヤルティーの算定方法に加えて、その対案がFRAND条件であることを説明する具体的な根拠を示すことが一般的である。(隔週掲載)

◇特許庁 総務部企画調査課課長補佐 川原光司氏

(2023/1/5 05:00)

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