[ 環境・エネルギー ]

サンゴの海の守り人-「豊かさ」地球規模で考える【地球環境特集より】

(2016/7/29 05:00)

  • 海の中に木漏れ日が差し込む神秘の光景(撮影地:アタロウ、水深3メートル)

 昨年の秋頃から世界的に、より一層の「循環型社会」「低炭素社会」を目指す動きが高まっている。国連の持続可能な開発目標「SDGs」の2030年の世界目標が決まり、欧州連盟(EU)が循環型経済(サーキュラー・エコノミー)の実現に向けた新たな政策「サーキュラー・エコノミー・パッケージ」を公表した。20年以降の地球温暖化対策の新たな枠組みとなる「パリ協定」や、伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)での「富山物質循環フレームワーク」なども採択された。

 こうした中、グローバルビジネスへの転換が求められている。経済との両立で、次世代に豊かな地球環境を残すために必要なことは何か。水中カメラマン中村卓哉氏からのメッセージをお届けする。(7/29付本紙第2部「地球環境特集」より)

サンゴの海の守り人―最後の秘境・パプアニューギニアから―

(文・写真:水中写真家 中村 卓哉)

  • 緑に覆われた沿岸域の海中には活力に満ちたサンゴが群生している(撮影地:アロタウ、水深1メートル)

 海は生態系の最終地点である。雨が降ればそれを人々が利用し、生活排水となって川から海へ流れ着く。人々の暮らし様が沿岸の風景や海中の環境そのものに影響を与え続けているのである。したがって海洋環境の変化に敏感になることは我々人類の未来を知る上で大変重要なことである。

 熱帯地方の海の環境指標となる重要な生物はサンゴである。海水に含まれるプランクトンを餌とするサンゴは、栄養の源である沿岸域の自然が豊かでなければ成長しない。「海のゆりかご」とも呼ばれるサンゴ礁は、熱帯雨林とならび地球上で最も生物多様性の高い場所である。海洋面積の0.2%ほどしかないサンゴ礁に、およそ4分の1もの海洋生物が暮している。まさに海の中のオアシスとなっている。

  • キャベツコーラルの上に群れるパープルビューティー(撮影地:トゥフィ、水深14メートル)

 では世界で最もサンゴが多いとされている海域はどこだろうか。それはインドネシア、フィリピン、マレーシア、パプアニューギニア、ソロモン諸島、東ティモールを結んだ「コーラルトライアングル」と呼ばれる三角地帯である。

 赤道に近いこの一帯は熱帯雨林の島々と深い海溝が点在し、その間を栄養豊かな海流が複雑に流れ込みサンゴを育てている。「海のアマゾン」とも例えられるこの一帯には、およそ500種のサンゴと3000種を超える魚たちが暮らしている。

 しかし近年、このサンゴの楽園でさえも海の健康状態が悪化している。コーラルトライアングルの中の8割を超えるサンゴが絶滅の危機にさらされているのである。その原因は沿岸域の乱開発や人口増加による海洋汚染、そしてダイナマイト漁などによる魚の乱獲だ。サンゴ礁はその地域に暮らす1億人以上の人々の食糧や生活を支えており、医療や観光業などを含めると世界中に影響を与えかねない大問題なのである。

  • 世界屈指の魚影を誇るキンベ湾のバラクーダの群れ(撮影地:キンベ)

 そのような深刻な状況の中、サンゴ礁が健全な状態で維持されている数少ない場所がパプアニューギニアの海である。中でもコーラルトライアングルの最も東に位置するビスマルク海のキンベ湾には、世界で見られる半数以上のサンゴが生息している。しかも地元のダイビングガイドの話では、数年前と比べてもサンゴが減少するどころか逆に増えている印象を受けるという。

 なぜパプアニューギニア一帯のサンゴ礁は健全な状態を維持し続けているのだろう。私はその秘密を探るため数年前から毎月のようにパプアニューギニアを訪れ、海の様子や人々の暮らしを撮影し続けてきた。

 まず予備知識として地質学的にこの海域の特異性を調べてみたが、キンベ湾の海底深くにはいくつものプレートが存在し、それらが衝突する場所であることがわかった。海底を連なる無数の火山の尾根の上をサンゴが覆っているというわけだ。

  • 熱帯フィヨルドの入り組んだ海岸線の続くニューギニア島北東部(撮影地:トゥフィ)

 さらにニューギニア島の北側の沿岸には熱帯フィヨルドと呼ばれる入り組んだ海岸線が続いており、無数に裂けた入江を通って豊かな森の栄養が海に注ぎ込まれている。森と海が密接に交わることで栄養の循環が絶え間なく行われているのである。

 しかしコーラルトライアングルの他の場所にも同じような火山島や海溝が連なる場所は存在する。どんなに自然が豊かな場所でも、海にストレスを与えるような要因が増えればその海は瞬く間に死の海へと変貌していく。森と海の境に暮らす人々の生活様式や自然に対する考え方が周辺の海の姿に色濃く影響を与えているに違いない。

“人間らしさ”伝統がもたらす好影響

  • 無邪気に海に飛び込むパプアニューギニアの子供たち(撮影地:ケビエン)

  • マングローブの林を抜けて通学のために海を渡る少年たち(撮影地:トゥフィ)

 世界で2番目に大きな島、ニューギニア島の東半分と約600の島々に800以上の部族が暮らすパプアニューギニア。この地には3万年以上前から人類が生活し、つい半世紀ほど前まで石器時代であったという正真正銘の最後の秘境である。

 沿岸域にある小さな村を訪れると、どこかノスタルジックな光景に心が和む。庭先に出されたヤシを削る道具、岸辺に置かれた木造のカヌー、無邪気に裸で海に飛び込む子供たち。質素な中にどこか人間らしさを思い起こさせる暮らしぶりだ。

 パプアニューギニア人の9割以上はキリスト教を信仰しているが、沿岸部や山間部の小さな村には自然崇拝も根強く残っている。これは全てのものに神が宿るという日本に古くから伝わる「ヤオロズノ神」などの考え方に近い。いまだ手つかずの自然が残るのも、こうした彼らの信仰に基づく生活様式が残っているからに他ならない。

  • 小さな木造のカヌーで漁に出るフィッシャーマン(撮影地:キンベ)

 船で彼らの暮らす島々をまわると、鬱蒼とした木々の中にまるで隠れ家のようにひっそりと暮らす人々の姿が印象的である。美しい緑に覆われた沿岸の風景はパプアニューギニアの特色である。スキューバダイビングで潜ると、水面を覆う木々をすり抜けた太陽光が木漏れ日となって海中に降り注ぐ光景に目を奪われる。それはまさに自然に神が宿っていると感じる瞬間である。

 パプアニューギニア人の食生活からも海洋資源が守られている理由があると私は考えている。彼らはほとんど魚や肉を食べることがない。沿岸域に暮らす人々でさえ、せいぜい手こぎの木造船で行くことのできる距離の漁場へ出向き、テグスで釣れる分しか魚を採ることはない。

  • キンベ湾の海底には太平洋戦争時に海上に不時着したゼロ戦が原形をそのまま残して沈んでいる(撮影地:キンベ、水深16メートル)

 魚や肉を食すのはお祝いの時くらいで、普段はタロイモやバナナ、サゴヤシから取り出すでんぷんを主食としている。貴重なタンパク源を採りすぎないように自ら生産できるものだけを少しずつ自然からいただいているのである。

 一方、東南アジアやアフリカの沿岸などではダイナマイト漁が盛んに行われている。これはビール瓶などに火薬を詰めて海中で爆発させ失神して浮いた魚を一網打尽とする漁である。種類を選ばず魚を乱獲して生態系を崩すばかりか、爆破によって魚の生息場であるサンゴ礁も破壊してしまう。ダイナマイト漁は世界の多くの国で禁止されている。

自然が伝える大切なこと

  • 左:シェルマネーとなるネックレスを身にまとった少年(撮影地:マダン ハヤ村)/右:細かく砕いたサゴヤシを川の水で濾す女性。採取した食用でんぷんは貴重な主食となる(撮影地:トゥフィ)

 パプアニューギニアではタカラガイなどの貝殻で作られた装飾品を身につけている人々をよく見かける。これは「シェルマネー」と呼ばれ、結婚する時の結納金のかわりに渡されたり、部族間の争いをまとめる時にも使われたりする。パプアニューギニアの人々にとって、シェルマネーは紙幣では生み出すことのできない海からいただく限りのある貴重な財産であり、自然とともに暮らす彼らの魂の象徴のようなものなのだ。

 2000年代に入り、パプアニューギニアでは大規模なLNG(液化天然ガス)開発が進められている。人口増加や生活の向上などによって世界のエネルギーの消費量は目覚ましく増え続けており、日本の企業も中心となってLNGビジネスに参画している。

 このような大規模産業の発展は喜ばしい半面、急速な経済成長による都市部と地方部の格差拡大の問題や、都市化による自然環境への影響などが危惧されている。今まさに近代社会と伝統社会の間で揺れているパプアニューギニア。ラストフロンティアと呼ばれるこの国の未来はどこへ向かっていくのだろう。彼らの伝統が守りぬいてきたサンゴの海はこの先も大切なことを私たちに伝えてくれるだろう。

水中写真家 中村 卓哉(なかむら・たくや)

 1975年生まれ。10歳の時に沖縄のケラマ諸島でダイビングと出会い海中世界のとりことなる。テレビや映画映像の撮影など、水中カメラマンとして多方面で活躍中。週刊誌、新聞、ダイビング専門誌、ウェブマガジンなどの連載多数。講演活動、テレビ番組への出演を通じて環境問題について言及する機会も多い。2014年にパプアニューギニアダイビング親善大使に就任。著書に『われたくない海のこと 辺野古・大浦湾の山・川・海』(偕成社)、『海の辞典』(雷鳥社)がある。

(2016/7/29 05:00)

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