[ オピニオン ]

【電子版】論説室から/DAZNのサッカー独占放送は、家庭のテレビ事情を変えるか

(2017/2/23 05:00)

2月25日にプロサッカー・Jリーグが開幕する。リーグ優勝の行方はその方面に詳しい方にお願いするとして、今季はサッカーファン以外にも大いに注目すべき点がある。インターネットを通じたネット放送が、日本の家庭のテレビ事情を変えるかどうかである。

ファンの方はご存じと思うが、Jリーグを運営する公益社団法人日本プロサッカーリーグ(東京都文京区)は2016年7月、ネット放送事業者「DAZN(ダ・ゾーン)」と有料放送についての独占放映権契約を結んだことを発表した。契約期間は2017年から10年間、放映権料は約2100億円に達する。

DAZNは英国に本拠を置くパフォーム・グループが経営しており、Jリーグのコンテンツは国内だけでなくネットを通じて全世界に配信される。Jリーグ側は「日本のスポーツ界初と言える長期大型の放映権契約」としており、独占契約で得た放映権料を傘下のクラブに還元するという。

Jリーグの加盟クラブの経営は必ずしも順調でなく、設立母体である企業からの広告費などに依存しているケースが目立つ。企業の業績不振がクラブ経営に直結する脆弱な構造だ。それだけにリーグが巨額の放映権を得てクラブに配分することは、プロリーグとしての質的転換につながるといえよう。

問題は、独占権を得たのがネット放送業者であることだ。パソコンやスマートフォン、タブレット端末で視聴するならいいが、リビングのテレビで視聴することはできない。正確には、テレビに接続するためのセット・トップ・ボックスを購入しなければならない。

テレビ視聴習慣はハードの技術進歩を抜きに語れない。テレビが初めて家に来た日、あるいは総天然色(カラー)放送が始まった日の感激を記憶している年配の方もいらっしゃるだろう。放送局にしかなかったVTRが家庭で使われるようになり、それがDVDやブルーレイ、HDD録画に切り替わってきたのは、さほど昔のことではない。

放送方式の変化も初めてではない。地上波に加えてBS放送やCS放送が始まった時には、「衛星チューナー」と呼ばれたセット・トップ・ボックスの一種が必要だった。2011年には地上波を含めてすべてがデジタル放送に切り替わり、テレビの買い換えが一大ブームとなった。

こうした世代交代にあたっては、家電メーカーと放送事業者が協調して新たな方式と機器の普及に努めた。消費者は新たな出費に抵抗を感じつつも、全体としては時代の変化を受け入れ、買い換えに応じた。

しかし、ネット放送への切り替えは、これまでの変化とは様相を異にしている。ネット放送の事業者はすでにいくつもあるが、必ずしも成功していない。有線放送を経由した「ひかりテレビ」などは一般的だが、これは地上波や衛星放送の代替の色彩が濃く、ネット放送を家庭に認知させるには至っていない。ネット放送に、まだ決め手となるキラーコンテンツがないためだ。

それに対して、DAZNは独占放送である。Jリーグの試合をライブ中継で視聴したいなら、機器に多少不慣れでも購入せざるを得ない。DAZNはテレビ視聴用のセット・トップ・ボックスを何機種か指定している。そのうち手ごろな価格で入手しやすいものは、開幕を前にして品切れ状態が続いている。これまで縁のなかった家庭に、ネット放送が食い込んでいるのだ。

順調に視聴者が増えれば、BS放送やCS放送のチューナーのように、一般的なテレビにネット放送用のセット・トップ・ボックスが組み込まれることになろう。そうなればDAZNの提供する世界各国のスポーツ中継や、他のネット放送事業者の番組を視聴できる環境が家庭に整備される。インターネット動画配信サービスの「ユーチューブ」や「ニコニコ動画」も、リビングで楽しむのが普通になるかもしれない。

こうした新技術・新サービスの先兵が、日本勢でないことが残念でならない。テレビ事業から腰の引けている日本の家電メーカーは、ダイナミズムを失ってしまった。

もっともDAZNの成功が約束されたものでないことも、指摘しておく必要があろう。独占権はあくまで有料放送のみ。つまり地上波など無料放送は対象外だ。25日のJリーグ開幕でも、J1の8試合のうち2試合は全国放送で、5試合はホームタウンなどで無料中継される。テレビ各社は無料放送を増やすことで、視聴者がDAZNに流れることを牽制しようとしているらしい。

また、技術面では、DAZNのライブ中継の画質はかつてのアナログ放送程度とみられる。家庭で録画することもできない。ハイビジョン放送に慣れ、近年は4Kの高画質テレビも普及し始めた日本で、視聴者が満足するかどうか、まだ分からない。

巨額の放映権契約を得たDAZNが日本市場で成功するかどうか。家庭のテレビ事情を巡る争いも、25日が開幕である。

(論説副委員長・加藤正史)

(2017/2/23 05:00)

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