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深層断面/「ゲノム医療」研究が加速−治療法・薬選定に活用

(2017/4/3 05:00)

生命の設計図とも言える全遺伝情報(ゲノム)の解析結果を基に遺伝子の異常を特定し、がんなどの病気の治療法や薬の選定に役立てる「ゲノム医療」の研究が加速している。東京大学は3月から肺がんと肉腫に関するゲノム医療研究を本格始動。国立がん研究センターやがん研究会も、ゲノム医療に関する研究組織を2016年に相次いで立ち上げた。病気そのものの解明から、個々の患者に最適な医療の提供へ。ゲノム研究は次の段階に進もうとしている。(斉藤陽一)

■東大、肺がん・肉腫研究を本格化

  • 東京大学が本郷キャンパス内に開設したゲノム医療の研究拠点

  • 「次世代シーケンサー」など最新技術を活用し、がんや難病のゲノム医療研究に取り組む(東大医学部付属病院の辻省次教授)

東京大学の「ゲノム医療研究プロジェクト」は、がんのほか、遺伝子の部分的な異常により発症する難病を研究対象としている。ゲノムの解析に必要なDNA塩基配列解析装置「次世代シーケンサー」などを備えた研究拠点を、同大学本郷キャンパス(東京都文京区)内に整備した。

【他所でも利用】

がん分野を担当する東大大学院医学系研究科の間野博行教授は、「日本でゲノム医療を広げる上で、何をすべきか、何が必要かを研究するプロジェクト」と意義を説明する。

プロジェクトは日本医療研究開発機構(AMED)の予算を活用して実施し、がんや難病の解析結果は他の研究機関でも使えるようにすることを目指す。

がんについては、患者のゲノム解析で得た遺伝子変異の情報のうち、どの変異が薬の選択に重要かを判定するのに必要なデータベース(DB)を構築する。年間数百人の患者から採取したがん細胞と正常細胞のゲノムを解析し、遺伝子の変異を特定。その変異情報とDBの情報を照合することで、臨床的に有用な変異を選ぶ。肺がんや肉腫以外にも、研究対象のがん種を順次広げる構えだ。

【確定率の向上】

一方、難病に関しては、ある一つの遺伝子の異常により発症する「単一遺伝子疾患」を対象に研究を進める。年間約600人の難病患者の血液を解析し、判定が難しい難病診断の確定率の向上につなげる。

難病分野を担当する東大医学部付属病院の辻省次教授は、「日本人特有の遺伝子変異のDB構築を目指す」と意気込む。

■国立がん研、AIで最適治療法

  • 国立がん研究センターは、人工知能を活用した新たながん医療システムの開発を目指す(連携各機関の主要メンバー=2016年11月)

  • 国立がん研究センター外観

【推進組織】

国立がん研究センターは16年5月にゲノム医療の推進組織として「ゲノム医療推進本部」を設置した。遺伝子の異常を診断し患者に合った治療法を選ぶ研究や、ゲノム解析結果を創薬に生かす研究など、既存の研究の「横の連携」を同本部の下で進める。

同センターの中釜斉理事長は「ゲノム医療の実現に向けた医療拠点のネットワーク作りも、推進本部が主導して進めたい」と強調する。

さらに同センターは16年11月、プリファード・ネットワークス(PFN、東京都千代田区)、産業技術総合研究所との連携を発表。人工知能(AI)と多様な医療関連データを活用し、新たながん医療システムを開発する取り組みを始めた。

【DB構築】

具体的には、国立がん研が持つゲノム解析結果や医用画像情報、治療薬データ、臨床データなどの情報を統合したDBを構築。AI技術のディープラーニング(DL、深層学習)で学習、分析し、個々のがん患者に最適な治療法などの情報を導き出す。

東大のゲノム医療研究プロジェクトにも携わる、国立がん研の間野博行研究所長は「医療へのAI活用は世界的に競争状態にあるが、日本は遅れている」と指摘。「AIの専門家など日本の英知を集め、産学官一体で世界に対抗していく」と意気込みを示す。

■CPMセンター、「個別化医療」の高度化目指す

  • 「日本からがん医療の体系を変える」と意気込む米シカゴ大学の中村教授(右)と、がん研究会の野田研究本部長

【体系を変える】

「日本を離れて4年半。日本は米国に勝てないのかと考えていたが、いろんな協力をし合えば、日本からがん医療の体系を変えられるという思いに至った」。こう語るのは、12年4月から米シカゴ大学で個別化医療センター副センター長を務める中村祐輔教授だ。

中村教授は、日本のがん研究会が16年10月に設置した「がんプレシジョン医療研究センター(CPMセンター)」に特任顧問として参加。「日本が世界のがんゲノム医療をけん引できるよう、協力したい」と中村教授は話す。

CPMセンターは、個々の患者に合った治療法を提案する「個別化医療」の高度化に向けた研究組織。ゲノムの解析結果を活用したがん免疫療法や、血液などの体液を解析してがんの存在や特徴を診断する「リキッドバイオプシー診断法」などの研究を進めている。

【医学論文探し】

がん組織や血液などの試料提供、臨床情報の取得、臨床試験の実施などの面で、がん研有明病院(東京都江東区)と連携。また、FRONTEOヘルスケア(東京都港区)と共同で、「がん個別化医療AIシステム」の開発を始めた。ゲノム解析や患者の症状に合った医学論文をAIで探し、医師の判断を支援する。肺がんと乳がんを対象にAIシステムを構築し、5年後の完成を目指す計画だ。

CPMセンター所長を務めるがん研の野田哲生研究本部長は、「従来の個別化医療とはグレードの違う、精緻な医療を提供したい」と説明する。ゲノムを自在に書き換える技術「ゲノム編集」の普及など、ゲノム分野の研究の進展は著しい。ゲノムの研究成果を病気の診断・治療へ生かす取り組みが今後も進みそうだ。

(2017/4/3 05:00)

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