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深層断面/10年目迎えた「J―PARC」 基礎研究ほか材料開発・創薬にも応用

(2017/12/4 05:00)

日本原子力研究開発機構と高エネルギー加速器研究機構が共同運営する大強度陽子加速器施設「J―PARC」(ジェイパーク=茨城県東海村)が、12月で共用利用開始から10年目を迎えた。新材料開発や創薬につながる中性子やミュー粒子、さらにニュートリノを利用した基礎研究など幅広い分野での貢献が期待されている。(冨井哲雄)

世界一の施設、さらに拡張―ビーム強度1000kWへ

  • 水銀ターゲット容器

J―PARCは直線加速器(リニアック)と二つの周回型加速器を擁する。陽子をリニアックで0・4ギガ電子ボルト(ギガは10億)まで加速後、小型の周回型加速器で3ギガ電子ボルトまで加速。この陽子ビームを水銀や炭素などの標的にぶつけて中性子やミュー粒子を作り出す。さらに大型の周回型加速器で30ギガ電子ボルトまで加速した陽子を利用して素粒子の一つ「ニュートリノ」を作ることも可能だ。高強度の粒子を利用した物理学の基礎研究だけでなく、エンジン内の燃料の動きの計測など企業も利用し、産業界からの期待は大きい。

陽子ビームの利用で9割を占めるのが中性子やミュー粒子を利用する「物質・生命科学実験施設」(MLF)だ。2008年12月に他の施設に先駆けて稼働したMLFは世界最高性能の中性子発生装置を持つ。23本のビームラインのうち、現在は20本が稼働している。

中性子を使うと何ができるのか。中性子は電荷を持たないため電気的影響を受けず、物質を通り抜けやすい。高速で高密度の中性子(中性子ビーム)を物体に照射し、ナノメートル(ナノは10億分の1)サイズ以下の内部構造を調べられる。X線では測定が困難な水素など軽い元素を測定できるほか、中性子自身が小型磁石の役割を果たすため、物質の磁気構造も調べられる。

世界には大型のパルス中性子施設としてJ―PARC、米国「SNS」、英国「ISIS」がある。J―PARCのビーム全体のエネルギー強度はSNSより低いが、中性子発生装置から飛び出す1パルス当たりの中性子の数はSNSの3倍で世界一。さらに中性子だけでなくミュー粒子も使えることは大きなメリットだ。

だが、19年にはスウェーデンに次世代中性子施設「ESS」が建設される計画で、中性子を利用した研究競争が激しくなる。そこで現在、J―PARCは1パルス当たり300キロワットの強度の陽子ビームを、18年夏をめどに約600キロワットに倍増する計画。今後、陽子ビーム強度1000キロワットを目指し、耐久性を向上した新容器の18年夏以降の導入も検討中だ。陽子ビームの強度向上により得た大強度の中性子ビームで実験時間が短縮可能。ユーザー企業の新材料や薬の開発速度を上げ、実験機会を増やすことができる。

これまでにも住友ゴム工業がJ―PARCの中性子線と大型放射光施設スプリング8(兵庫県佐用町)のX線を利用し、低燃費でグリップが良く、長寿命のタイヤを開発するなど成果を挙げている。

「ニュートリノ振動」観測―宇宙の進化解明に期待

J―PARCで発生させたニュートリノを295キロメートル離れたニュートリノ検出器「スーパーカミオカンデ」(岐阜県飛騨市)に飛ばして観測する「T2K(東海・ツー・カミオカンデ)実験」も研究の大きな柱だ。

ニュートリノには電子型、ミュー型、タウ型の3種類がある。これらのニュートリノは飛行中にミュー型から電子型、ミュー型からタウ型など、別の種類に変化する「ニュートリノ振動」を起こす。この現象を強力・高性能なニュートリノ・ビームで精密に研究するのがT2K実験だ。現在は反粒子の「反ミュー型」を発生させ、それが「反電子型」に変わるかを調べている。

ニュートリノは宇宙の進化に大きな役割を果たしたと考えられており、実験が進めば宇宙は「物質」に比べて「反物質」が極端に少ないといった謎の解明につながる可能性がある。

今後、スーパーカミオカンデの約10倍の感度を持つ「ハイパーカミオカンデ」の計画も進んでおり、素粒子物理学への大きな貢献が期待されている。

インタビュー/J―PARCセンター長・齋藤直人氏「組織内で切磋琢磨、促す」

齊藤直人J―PARCセンター長に今後の展望を聞いた。

□  □

  • 齋藤直人氏

―物質・生命科学実験施設(MLF)のビームラインの共用利用開始から12月で10年目を迎えます。

「MLFの組織改編に取り組んでいる。16年に『サイエンス&テクノロジーグループ』を立ち上げ、ホームページなど外部から組織内を見えやすくした。グループを作り、内部の競争意識を芽生えさせることも重要だと考えた。研究成果を高品質の論文に仕上げるまでの組織的なサポート体制も構築した」

―大強度陽子ビームを擁するメリットは。

「大強度の中性子ビームであれば、試料に照射し短時間で鮮明な画像を撮影でき、電池の充放電の様子を動画のように見られる。中性子は水素イオンの動きを見るのに優れており、たんぱく質内の水素イオンの移動や反応などをとらえられる。電池開発や創薬などへの貢献が期待できる」

―10年間で不具合によるビームの提供を停止する事態が何度か起きました。

「順調に整備してきたが、11年の東日本大震災、13年のハドロン施設の漏えい事故、15年には中性子発生の際に必要な水銀標的で不具合を起こした。こうした不具合により研究機関や企業が利用するビームを出せなかったのは痛恨の極みだ」

「その後、各所の修理や規制庁への報告だけでなく、近隣自治体に理解してもらう過程が必要で、できるだけ丁寧に説明した。水銀標的が壊れた際には溶接ラインの不具合が分かったため、新しい容器開発も進めた。原点に立ち戻り実績を積み上げていこうと思う」

―今後の取り組みは。

「T2K実験がうまく進んでいる。確度を上げるためにデータ収集を続け、現在の宇宙で物質が反物質より多い現象を説明する『CP対称性の破れ』を精度良く観測したい。さらに文部科学省の学術研究の大型プロジェクトの推進に関する『基本構想ロードマップ2017』で次世代ニュートリノ検出器『ハイパーカミオカンデ』が選ばれた。必要な施設として、30ギガ電子ボルトの加速器用の新しい電源を導入した建屋を建築している。得られる成果は物質や天体、生命がどのように生まれたのかという知見につながる。大強度の陽子ビームを利用し、短時間で起きる現象を“新しい目”で観測したい」

(2017/12/4 05:00)

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