(2020/7/22 00:30)
【執筆者】
三重大学 名誉教授 舩岡 正光
環境汚染が深刻である。人間社会から大量に放散される物質は、大地に留まらず、大気を汚し、さらにマイクロプラスチックなどとして海洋生態系をかく乱している。一方、自然界に目を転じると、そこには緑豊かな美しい光景が広がり、ゆったりとした時間が流れている。自然界に主役、脇役、そしてゴミという区別はなく、全てはなめらかにつながっている。地球システムをもとに、これからの持続的社会について考えてみたい。
植物系バイオマスへの依存 森林で生態系構成
現在、我々は人類史上類を見ないハイテク技術に裏打ちされた社会に生きている。膨大なエネルギーをベースに、身の回りには人間に役立つグッズがあふれている。
19世紀までの生態系に深く根ざした静かな社会が現代社会へと大きくジャンプする発端は、言うまでもなく流体資源“石油”の発見である。難しい仕組みを有するバイオではなく、構造が単純で複雑な仕組みを持たず、しかも局所的に高密度で蓄積している石油をエネルギー、材料の基盤とすることによって「人間の人間による人間のための活動」が開始されることになった。生態系における人間の暴走である。
石油、石炭などの化石資源は生態系炭素循環から外れた隔離炭素区分である。これらはエネルギー、材料として大量に人間社会に持ち出され、そのまま生態系に拡散し続けている。その結果、生態系の平衡が崩れ、大規模な気候変動、大気汚染、海洋汚染、土壌汚染が起こりつつある。
平衡で成り立つ地球上で我々は何を基盤にして、そして何を規範として発展的かつ持続的な社会を構築するのか。この究極の問いに対し導き出された一つの答えが生態系への回帰、すなわち生態系で持続的ループを形成している植物系バイオマスへの依存である(図1)。
しかし化石資源から植物系バイオマスへの基盤資源の転換は容易ではない。石油は流体で、しかもスポット的に濃縮、蓄積されているのに対し、植物は多孔質なかさ高の固体であり、しかも地球表面に薄く分布している。さらに石油は単純分子の混合体であるのに対し、バイオマスは生態系を構成する基盤ユニットであり、互いにネットワークを形成し、そこには絶妙の平衡が存在する。
単純な原料や材料をもとに目先の製品化のみに特化した20世紀型モノづくり技術がそこにそのまま通用するわけはなく、物質をピンポイントで評価し、利用と廃棄を繰り返す20世紀型システムでのバイオマス利用は修復不可能な環境破壊を引き起こすことになる。
緻密な物質ネットワーク
森林は生態系を構成する巨大ユニットの一つである。その時間軸は地球の歴史に匹敵し、壮大な年月をかけて地球生態系に最適化されている。そこには熱もにおいも音も存在せず、一切のエネルギーロスなしに全てがなめらかに稼働する究極のシステムである。
森林におけるモノの流れは大きく3段階に分けられる(図2)。
①PhaseⅠ「拡散状態にある二酸化炭素が太陽光をエネルギー源とする光合成システムによって集合化され、精密な分子複合系へと組み上げられる(構造形成)」②PhaseⅡ「ハイポテンシャルな分子複合状態を維持する(構造維持)」③PhaseⅢ「生命活動停止後、分子複合系が徐々に解放され、壮大な年月をかけ逐次構造転換を繰り返しながら最終的に二酸化炭素へと転換される(構造解放)」。
この3Phaseは、森林に限らず全ての植物ユニットに共通であり、生態系ではさらにそこに動物ユニットが従属している(図3)。
すなわち地球生命体の原料は空気にあり、植物・動物間は緻密な物質ネットワークでつながり、絶妙の平衡が形成されている。
地球生態系の基盤要素である植物を、環境をかく乱することなく持続的に活用するためには、前述3段階からなる炭素循環系を「エネルギー」「時間」「機能」の3軸で動的に認識すること、そして現行のバイオマス利用でほとんど無視されているPhaseⅢを人間社会における物質とエネルギーの流れに再現することが必須となる。最近話題となっているバイオマス発電などの木材の燃料化……どのような理由があれ、それは構造としての機能を放棄し、生態系の炭素循環系を短絡させる行為であることを忘れてはならない。
未来志向の発展的な環境論 展開
食料は生態系で生産するものとして古くから活動が展開されてきたが、一方工業原料を生物的に生産するという認識は我々に乏しい。しかし、石油が使えなくなる時代が目前にあること、地球は有限であることを認識するとき、我々は早急に石油に代わる、そのポテンシャルを有する分子原料を持続的に確保しなければならない。
生態系は地球規模の持続的“分子農場”である。そこでは光合成により、地球外エネルギー(太陽エネルギー)は構造エネルギーに転換され、地球表面にストックされている。その基盤ユニットであるリグノセルロースを構造に包含された機能を活用することによってハイポテンシャル型(高機能複合系)からローポテンシャル型(単純系)へと逐次構造を切りかえ、持続的に多段階活用する社会システムを早急に構築しなければならない(図4)。
高次複合体から機能性分子レベルへのなめらかな資源循環には、現行の農林水産省と経済産業省が融合することが必要なことはいうまでもなく、教育、研究の場においても自然からスタートする農学系と人間からスタートする工学系が融合し、自然からスタートし、人間社会を経由しながら自然へとなめらかに還る、全く新しい動的な学問分野の創成が必要とされる。
我々人間は地球システムの一部である。いまこそ20世紀までに構築した人間の英知や技術を、地球システムを基軸とする新しい指針の下に整理し、全く新規なバイオを基盤とする持続的社会システムの構築に向け、国境を越えて積極的かつ発展的な活動を起こさなければならない。過去を賛美する消極的な環境論ではなく、地球生態系を動的に受け入れ、現在の環境を基盤とする未来志向の発展的な環境論を展開しなければならない。
世界の人々に浸透
日本科学未来館には、前述の地球システムに沿った新しい社会システムのモデルが展示されている。さらにエントロピー論、エネルギー論などの難解な予備知識なしに地球の仕組みに触れることができる環境教育映像「ちきゅうをみつめて」(日本語版、英語版)もYouTubeのMiraikan Channelから配信されている。これらが教育の現場のみならずさまざまな人間活動の場で積極的に活用され、地球の仕組み、生態系の本質、生命の連鎖と調和についての認識が世界の人々に深く浸透することを願ってやまない。
(2020/7/22 00:30)