MF-TOKYOの歩き方

【特集】欧米の金型・成形技術動向2.欧州での型材のトレンドと型材活用方法における日本との比較

アッサブジャパン(株)永島洋

 当社はオーストリアに本社をもつ鉄鋼メーカーであるvoestalpine グループに属し、Bohler(オーストリア)、Uddeholm(スウェーデン)が製造する各種型材を日本国内で販売している。このような背景から欧州市場ともかかわりが深いため、かつて型技術誌2012年6 月号で「欧州メーカーに学ぶ金型技術」が特集された際にも、欧州における型材活用について投稿(以下、前報1)と記す)した。前報から約7年が経過し、新たな技術・市場が創出された。

 本稿では、このような新市場を中心に、欧州と日本の型材活用の違いについて解説する。

世界各国の金型生産量

図1 主要各国の金型生産額の推移

図2 日本の金型生産額の推移(工業統計)

 図1 は国際金型協会ISTMA の統計2)に基づき、主要各国の金型生産額の推移(2012~2015 年)を示したものである。前報でも同様な統計(2006~2009 年)の報告を行ったが、世界同時不況の影響で、中国を除き右肩下がりの傾向を示していた。現在は、世界経済の回復に合わせる形で主要各国の金型生産も改善基調にある。特に中国とアメリカは、統計データが入手できる2015 年の時点では突出した右肩上がりの傾向を示している。中国の急成長は想像に難くないが、2009年当時に比べほぼ倍増しているのは驚異である。

 図2 に日本の金型生産額の推移(工業統計)を示す。前述のとおり、世界同時不況の影響下からは脱却し、緩やかな右肩上がりの傾向を示しているが、2兆円に迫る勢いであったピーク時にははるかに及ばない状況である。これはドイツ、フランスなど、欧州の金型先進国にも見られる傾向である。

型材選定の特徴

 前報では欧州と日本の型材選択の傾向の違いとして、欧州においては①冷間工具に粉末鋼が使用される比率が高い、②モールドベースにステンレス鋼が使用される比率が高い、③樹脂成形型に銅合金が使用される比率が高いことを報じた。そのほか、窒素を意図的に添加した型材の利用が進んでいる点を欧州の特徴の一つとしている報告もあった3)。これらの傾向は現在も続いている。また、前報では型材選定の主導権についても言及し、欧州では金型ユーザーが型材を指定することが恒常化しているのに対し、日本では金型メーカーあるいは金型製作部門が型材選択の主導権を握っているケースが多いことを報じた。この傾向についても、大きな変化は見られない。

新技術と型材

 ここ数年の間に金型に関連した新しい工業技術が創出され、新しい市場が形成された。このような新しい技術分野は、高い技術力による差別化を目指す日本を含む工業先進国で特に重視されている。ここでは、新技術に使用されている型材について、欧州と日本の比較を交えながら解説する。

1.ホットスタンピング

表1 主なホットスタンピング用型材

図3 K353の衝撃特性

 ホットスタンピングは、1,500 MPa を超える引張強さをもつ高強度部材を高い形状凍結性でプレス成形する技術で、乗用車の軽量化と衝突安全性向上を主目的として、ピラーなどの構造部材の製造に利用されている。ホットスタンピングはダイレクト(直接)法とインダイレクト(間接)法に大別されるが、現在はダイレクト法が主流となっている。ダイレクト法は、加熱した鋼鈑をプレス成形しながら焼入れを行うもので、多くの関連技術が開発されている4)

 ホットスタンピング用の型材は、JIS SKD61 に代表される熱間ダイス鋼を硬さ50 HRC 前後で使用するのが主流である。操業中の金型に発生する損傷(摩耗、欠けなど)の種類や生産性に影響する熱伝導率を考慮し、さまざまな特性をもつ開発鋼種が型材として選択されている。多くの場合、表面処理と組み合わせて使用されている。近年ではSKD61 よりも高硬度での使用を視野に、熱間強度や軟化抵抗に優れた熱間ダイス鋼を硬さ55 HRC 前後で使用するケースが急速に広まっている。これは欧州、日本に共通したトレンドである。当社ではW360 がこのようなニーズに対応する型材である。

 表1 にホットスタンピングの型材として使用されている当社の主な鋼種を示す。欧州では、熱間ダイス鋼よりも高硬度である冷間ダイス鋼の採用も始まっている。当社K353 はこのようなニーズに対応する型材である。高硬度が求められる理由は、表面処理が摩滅・剥離しても型材自体の耐摩耗性が期待できること、PVD をはじめとする表面皮膜を支持する基材として優位になることなどがあげられる。

 JIS SKD11 に代表されるような汎用的な冷間ダイスは、組織内に粗大炭化物が存在するため、耐摩耗性は良好であるが靱性・延性が不足しており、ホットスタンピング用の型材としては不適切な場合が多い。8%クロム冷間ダイス鋼はSKD11 よりは高靱性であるが、十分とは言えない。図3 に示すように、当社K353は従来の8% クロム冷間ダイス鋼よりもさらに高靱性であり、諸特性のバランスから冷間ダイス鋼でありながら、ホットスタンピング用の型材としても良好との評価を得て、適用領域が広まっている。

2.大型ダイカスト

 大型ダイカスト部品のニーズは年々高まっており、必然的に金型も大型化する傾向にある。型材に関しては、金型を分割すればそこまで大きな素材は必要ないのだが、用途によっては金型の分割が許されないケースがあり、型材についてもやはり大型化が求められている。当社の知見では、日本は諸外国に比べて金型を分割することに寛容であり、そういった意味では、大型型材のニーズは欧州の方が高いと言える。

 大型の金型を製作する場合、その大きさに応じた熱処理炉や表面処理装置も必要となる。真空熱処理炉で加圧焼入れを行う場合、十分な焼入れ速度を得るためには通常10 bar を超える加圧が必要である。このような高圧ガス設備の建造・運用に関する法規制が日本に比べ緩やかで、大型金型の熱処理に柔軟に対応できることが、欧州において金型分割が浸透しない背景にあるとも考えられる。

 乗用車の軽量化を目的とした構造部品のアルミダイカスト化は、大型ダイカスト部品のニーズが高い分野の一つである。ダイカスト金型の大型化に伴い、通常はゲートの数が増え、流入する熱量が増える。その結果、金型表面へのヒートチェックの発生・進展が早まり、一般的なダイカスト金型に比べて、ヒートチェックによる型寿命が、60% 程度にまで低下することも少なくないとの情報も得ている。

 ダイカスト金型へのヒートチェックの発生には、金型設計、操業条件、表面処理などと並び、型材の品質が及ぼす影響が大きい。ダイカスト金型に使用される型材の品質判定基準として、北米ダイカスト協会NADCA が定める仕様が知られている5)

 北米ダイカスト協会では、ダイカスト用型材に使用される熱間ダイス鋼について、ダイカスト金型として十分な性能を発揮するために満足すべき清浄度や熱処理前後のミクロ組織などを定めている。また、指定の熱処理条件で、指示硬さ(45±1 HRC)に処理した際の機械的性質の下限値も定めている。機械的性質は、シャルピー衝撃試験における吸収エネルギーで評価され、試験片の形状や採取位置、採取方向などが細かく規定されている。北米ダイカスト協会が要求する機械的性質を、通常の製鋼プロセスで製造されたSKD61で満足することは困難で、化学成分の調整やESR、VAR といった特殊溶解の採用、あるいは均質化処理などを製鋼プロセスに組み入れることで要求特性を満足することが可能となる。北米ダイカスト協会は、要求特性を満たすと判断した鋼種を、高品位ダイカスト金型に適した型材として推奨している。

 当社DIEVAR はダイカスト向けに開発された型材で、北米ダイカスト協会の推奨鋼種の一つである。焼入れ性に優れているため、特に大型金型における耐ヒートチェック性で、市場から高評価を得ている。一般に型材が大きくなるほど、鋳造時における中心部の凝固速度が遅くなり、機械的性質は低下する。近年の大型型材へのニーズに対応するため、製造プロセスの改善を重ねた結果、現在では厚さ550×幅1,550mm のような非常に大きな素材でも、北米ダイカスト協会の要求仕様を満足できる品質レベルに達している。日本国内では、前述の熱処理設備の制約などもあるためか、ここまで大きな型材の需要を当社では把握していない。

金属3D プリンタ用粉末

表2 金属3Dプリンタ用粉末

 3D プリンタによるモノづくりは、金型業界のみならず、多くの産業界が注目している工業技術である。金型関係では、パウダーベッド方式の金属3D プリンタを使用して製造した複雑な冷却回路を設けた金型部品を、ダイカスト金型や射出成形金型に使用することで、金型の寿命向上や成形品の品質向上、成形サイクルの短縮を実現する技術が注目されている。また、LMD(Laser Metal Deposition)方式の金型の補修への適用も進められている6)

 金属3D プリンタによる金型部品の製造においては、使用する金属粉末が型材に相当する。現在、金型向けの金属粉末としては、マルエージング鋼や析出硬化型ステンレスのような時効硬化鋼が主流である。一般に炭素の含有量が低いほど3D プリンティング造形は容易であるが、低炭素では、焼入れ-焼戻しにより高硬度を得ることができないため、溶体化-時効処理により金型として必要なレベルの硬さが得られる時効硬化鋼が採用されているものと考えられる。この傾向は欧州・日本とも共通である。

 当社グループは、2018 年に金属3D プリンタ用粉末市場への本格的な参入を開始し、金属粉末の製造・販売に加え、関連の技術センターを設立し、金属3Dプリンタに関連した技術開発と顧客サービスを展開している。従来の析出硬化鋼に加え、現在、欧州市場においてダイカスト金型向けに要望が高い、熱間強度に優れた金属粉末の開発・実用化に注力しており、市場評価を開始している。表2 に現在当社が販売あるいは開発中の金属3D プリンタ用粉末を示す。

 本稿では、近年新たに創出された工業技術に提供される型材について解説した。型材選択の考え方からも、欧州と日本の新興市場に対する取組み方の違いが感じられる。欧州は日本よりも一歩早く新しいことにチャレンジし、市場での主導権獲得を目指す姿勢がうかがえるのに対し、日本では、既存技術との優位性を慎重に検証するため意思決定には時間を要するが、大きな失敗のリスクは低く、ゴーサインが出ると、生来のチームワークのよさを発揮し、強固なビジネスモデルを比較的短期間で構築することが多い。

 金型産業においては、競合相手は国内のみには限定されず、近年著しい発展を遂げている新興工業国を含む諸外国と競合することも少なくない。欧州流、日本流、それぞれのよい点を活かすことが、各分野における覇権争いに打ち勝つための必要条件となるであろう。

参考文献

1)間部泰範:型材活用から見た欧州金型産業の取組み、型技術、Vol.27、No.6(2012)、pp.45-49

2)国際金型協会ISTMA : Statistical Year Book 2017 Edition

3)小森誠:欧州における型材技術の特徴、型技術、Vol.27、No.6(2012)、pp.26-29

4)高精度・高生産性を実現するホットスタンピング技術:プレス技術、Vol.56、No.9(2018)、pp.18-52

5)NADCA #207-2016、Special Quality Die Steel & HeatTreatment Acceptance Criteria for Die Casting Dies

6)後藤和秀、山本誠栄、石原洋成:次世代型超複合加工機の金型への適用提案、型技術、Vol.32、No.8(2017)、pp.48-49



【特集】欧米の金型・成形技術動向

型技術

【出典】型技術 2019年3月号

型技術とは・・・わが国唯一の金型総合技術誌。1986年の創刊以来、自動車、電機、電子分野の金型を中心に、金型の設計・構造をはじめ材料、工作機械、工具、CAD/CAM/CAEに至る広範な情報をタイムリーに提供。(毎月16日発売)

https://pub.nikkan.co.jp/book/b10022783.html

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