産業春秋／春宵一刻、直千金

「春宵一刻（しゅんしょういっこく）、直千金（あたいせんきん）」。この名句は桜とセットで語られることが多い。大盗賊が「絶景かな、絶景かな」と感嘆しながら「値千両とは小さな例え、この五右衛門（ごえもん）の目には万両」と豪語するのは歌舞伎の名場面の一つ。

出典は漢詩『春夜』である。作者の蘇東坡（そとうば）は中国・宋の政治家で、書画や音曲にも通じる同時代きっての文化人。現代では中華料理のトンポーロー（東坡肉）発案者として名高い。

日本的な花見文化がなかった中国で、春宵が桜であったかどうか。詩文からは、にぎやかな宴席に飽きてふらりと外に出た作者の気分が読み取れるように思う。夜風が心地よく感じられる晩春の今ごろの遊びにこそ、千金の値打ちがある。

東京、大阪など４都府県に３度目の緊急事態宣言が出された。今回は休業要請もある。いくばくかの補償があっても、つらく苦しい思いを強いることになる。客も、昨春に続いて夜遊びの楽しみを断念せざるを得ない。

大型連休中に、季節は夏へと切り替わる。風薫る若葉の季節には、せめて飲食を伴わない集まりくらいは開催できるようにならないものか。千金の宵を封じて、コロナ禍との闘いは続く。