産業春秋／老舗の“ピンピン、コロリ”

東京都心の老舗飲食店が、江戸期から続く歴史の幕を閉じた。商店街の顔で、メディアに登場することも多かった。突然の閉店はちょっとしたニュースになり、会員制交流サイト（ＳＮＳ）でトレンド入りするほどだった。

コロナ禍でもずっと行列の絶えない人気店で、何人もの店員さんが忙しく対応していた。原因は明らかではないものの、風のウワサでは後継者がいなかったのだという。

国の事業承継税制は整備が進んでいて、利用実績も伸びている。旧知の税理士は「後継ぎのないオーナーから相談を受けることは珍しくなくなった」という。個人店舗がのれんごと売買されて事業を続けているケースをいくつも知っている。

一方でオーナーが変わって「味が落ちた」「サービスが悪くなった」という悪評も耳にする。承継税制の目的の一つは技能伝承だが、昔かたぎの職人には受け入れられない部分もあろう。

冒頭の老舗が、もし閉店を予告していたら収拾のつかない大混雑になっていたはず。人間に例えれば“ピンピン、コロリ“という望ましい最期に、店主のプライドを感じる。とはいえ長年、世界一と信じてきた名物を二度と味わえなくなったのが残念でならない。