産業TREND/あいまいもやもやの科学(番外編・下)マネージャーの力

(2024/5/8 05:00)

キーエンス時代 改善すべきことをしっかりフィードバック

■赴任地での経験

前回の番外編では、1980年代から90年代にかけて日本で確立された直販組織を、中国でどのように実現したかについて紹介致しました。そして何より大事なのは、組織の基盤となる風土の醸成であり、その実現方法について具体的に論じました。今回は、さらなる発展を目指して奮闘した中国および次の赴任地、米国での経験についてお話ししたいと思います。

設立から3年間で中国法人は急速な成長を遂げたものの、ビジネスの拡大とともに成長率が自然に鈍化していきました。当初の設立メンバーは必死に努力しましたが、前年比の上乗せ金額(伸び金額)を前年度同様に保つことはできても、前年比の成長率(伸び率)維持することは困難でした。例えば、昨年の売り上げが100で、今年50を増やせば50%増となりますが、翌年は同じ50を増やしても、150が前年実績になるため33%の増となり、伸び率は下がります。この単純な数学的な現実から明らかなように、少数精鋭で大規模な成長を遂げることは、非常に困難です。

しかし、企業内の小規模のユニットであれば、一人で扱える情報量が限定され、顧客の余地や競合の状況を細かく見定めることができるため、毎年5%から10%の成長を達成するアイデアを生み、それを実行することは、さほど難しいことではありません。従って、伸び率を維持するには、小規模のユニットを率いるマネジャーのスキルの向上がカギとなります。そして、スキルの高いマネジャーの人数を増やすことができれば、伸び率を落とすことなく持続的に成長することを可能にできます。したがって、ミドルマネジメントを早期育成し、その数を増やすことが、安定した成長率を維持するために必須となります。

マネジャーの育成には、考え方、営業力、指導力の三つの側面が必要です。ここでは、字数の制約から、考え方、営業力は割愛し、指導力についてお話しします。

公正な評価を行いメンバーを日常的に観察

指導力を高める手法として、公正な評価を行うこと、チームメンバーを日常的に観察することの、二つに注力しました。一つ目の公正な評価を実現するために、半年に1度開かれる評価決定会議を徹底的に行っていました。この会議では、マネジャー全員が日常業務を離れ週末を利用して100―200人の社員全員を対象に相対評価を2日間かけて行いました。マネジャーは、自らのメンバーの評価について、その根拠とともにプレゼンし、その内容に基づいて議論を重ね、皆で相対評価を行います。期待よりも低い評価が下されることもしばしばですが、オープンな議論を通じて、なぜ相対的にその評価なのか、具体的な理由が明らかになります。マネジャー自身が具体的な理由を理解し納得しているが故に、メンバーに対して自信を持ってフィードバックすることができます。

二つ目の、メンバーの日常的な観察についてですが、社員数が150人に達するまで、社員全員に対して、毎月の給与明細に私自身のコメントを添えて渡していました。このコメントを記載するためにマネジャーに全メンバーのその月の状況や気になったことをヒアリングしていました。このことを通じて、マネジャーは自然に個々のメンバーに注目するようになりました。一人一人に向き合い、フィードバックを行うことによって、一人一人のメンバーは、自分がどう組織に役に立っているか、またどう改善すればより組織に貢献できるのかを理解します。このことは働く人にとって最も大事なことだと今も思っています。

■卸売から事業へ

2009年、私は米国現地法人へ責任者として赴任しました。それまでのキーエンスの海外事業は、国内市場向けに企画開発された商品を海外に販売する、いわば「卸売」の形態を取っていました。中国のFA市場では日本企業の影響が大きかったため、商品が市場に合わないという経験をすることは少なかったのですが、米国市場の状況は大きく異なっていました。

赴任直後、約20カ所の営業所を訪問してヒアリングを行ったところ、「商品が市場に合っていない」という意見が最も多くありました。その後、数多くの顧客の工場現場を観察する中で、商品の違いは、日本と欧米の働き方の違いに由来することに気付きました(24年2月27日付記事参照)。時期を同じくして、日本本社では、各事業部の商品企画メンバーが、海外の顧客を訪問するように推奨する方針が打ち出だされました。米国法人はこの方針に積極的に対応し、ベストな顧客を選び、私自身も同行を重ねました。その結果、海外市場のニーズを製品企画に取り入れること、すなわち企画を進める上で行う投資回収判断の回収金額に海外での売上金額を取り入れることに成功しました。

また、米国法人の組織体制も変更しました。以前は営業力が強い人材が主に海外赴任していましたが、各事業部からマーケティング担当者を派遣し、彼らが米国のマネジャーと連携しながら、日本本社ともほぼ毎日ビデオ会議を行える体制にしました。この連携強化により、本社の各事業部が市場をより直接的に理解するようになりました。

これらの変化は、一時的に欧米色が強い商品を生み出すこともありましたが、最終的には世界的なニーズに合致する一つの商品を提供することで、商品企画力の向上を実現し、新商品の海外売り上げ構成比の向上に寄与しました。

■事業と運営の交差点

日本本社事業部からの積極的な人材派遣により、各事業部の米国法人への影響力が増大しました。事業という意味では、非常に良い傾向でしたが、同時に、人材の採用や、人事評価などの運営においては、それぞれの国での違いは多くあり、それらは営業組織を動かす際に影響を与えます。国ごとの運営面での違いの理解が本社と現地の間で深まる前に、日本本社の主導が急進すると逆に弊害が出るリスクがあります。

この課題を解決するため、私は、現地法人のトップという自身の後任に、米国人マネジャーを任命しようと考えました。これは同社では過去には例のないことで、多くの反対に直面しましたが、最終的に本社の合意を得て実施することができました。その際、最も懸念され、それゆえに一つ目の条件となったのが、「交代が可能なのか」という点でした。キーエンスでは管理職を「責任者」と呼び、地位ではなく役割と責任とみなす文化があります。また、一定期間で責任者が交代することで、組織が次の成長に向かい変化することを重視する文化でした。その意味で、駐在員であればいつでも交代可能ですが、現地で昇格した者は、現地法人採用のため、容易に交代できないのではという懸念でした。しかし、後任者本人に話すと、その懸念は一瞬で払拭されました。長く同社に勤めていた彼は「地位ではなく責任であり役割」という考えを深く理解していました。

■仕事とは役割を果たすこと

責任者交代の条件の二つ目に、私自身の次の役割を決めることもありました。しかし、海外人材として採用されたにもかかわらず、幸い、中国で日本同様の直販組織の構築を行い(第2ステージ)、米国では事業を世界に推進するという役割を最前線で担うことができました(第3ステージ)。これらを超えて、次の自分の役割を見いだせませんでした。最後、日本本社で事業部の仕事に携わり、同社についてさらに学びを深くするチャンスを頂きながら、いろいろ可能性を探る機会も頂きましたが、最終的には退職を選択しました。

キーエンスの世界は合理性の追求が全てであるため、良い意味も含め非合理性が多い世の中への適応に一時期苦慮しましたが、それを超えると、外部のさまざまな企業や人と接する中で、キーエンスという会社が長い時間かけて行なってきた深さをあらためて認識する機会に恵まれました。この2回の番外編でも、過去を振り返る貴重な機会を頂きました。このような機会を与えていただいたこと、そして1年間の連載の機会を提供してくださった日刊工業新聞の皆さまに心から感謝申し上げます。

菅原伸昭

【略歴】すがはら・のぶあき 京都大学農学部、慶応義塾大学経営大学院卒。日商岩井(現双日)を経て、キーエンス入社。中国、米国などの現地法人責任者を歴任。その後、THK執行役員を務めた後に起業。2023年現在、B2B Makers共同代表。コンサルティング、クラウドシステム構築、Web3開発を行う。

(2024/5/8 05:00)

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