[ 機械 ]

レーザー加工技術のトレンド

(2018/10/11 06:00)

 東西冷戦と米ソ宇宙開発競争の最中であった1960年、米メイマンがルビーレーザーを発明し、人類は強力な人工光を手にした。当初は宇宙・軍事産業がリードする形で材料加工分野へのレーザー応用が進められたが、70年代に入ってレーザー応用の裾野が民生用にも広がり始めた。軽量化・低燃費化という社会的要求に直面する自動車・航空機など輸送機器産業や、精密・超小型化要求のある医療機器産業などでレーザーの加工応用は多くの成果を上げてきた。レーザー誕生後、材料加工分野への応用が進んだ背景・理由、レーザー加工技術のこれまでの動向と現況について概説する。

光産業創成大学院大学 光産業創成研究科 副学長/教授 坪井 昭彦

レーザーによる切断応用

 英TWIでのアシストガスノズルの発明(1967年)を端緒として、金属切断用炭酸ガス(CO2)レーザーシステムが市場投入された70年以降、レーザー板金切断は世界中に最も広く普及した高出力産業用レーザー応用となっている。85年にステンレス鋼の無酸化切断を実現するクリーンカット技術がアマダにより開発され、その10年後に独トルンプはRF励起CO2レーザーを用いた不活性ガス(溶融)切断技術を開発した。

 これらのプロセス技術開発により、後加工を必要としない高品位金属切断の扉が開かれた。テレサービスフィールドサポート、高速シャトルテーブルおよび原料ストック用ストレージタワーを付帯したレーザー板金切断システムは普及が進んでおり、工場でのIoT(モノのインターネット)実践の先駆けとなってきた。これまで、板金切断用光源としてCO2レーザーが搭載されてきたが、ファイバーレーザーへの置き換えが加速している。

 レーザーによる薄板高精度微細切断の代表的応用例にステントがある。ステントとは閉塞(へいそく)性疾患を治療する器具の総称であり、その代表例は血管(冠状動脈)用であるが、この他、胆管用、食道用、気管用、前立腺用などがある。

  • 写真1 レーザー切断加工された冠状動脈用バルーン拡張型ステント(拡張状態)(レーザックス提供)

 ステントを用いた治療は増加傾向にあり、2015年の世界市場規模は6530億円であったとされる。ステントには自己拡張型とバルーン拡張型の2種類があり、92年、バルーン拡張型ステント製造にレーザー微細切断技術への利用が始まった(写真1)。

 金属製ステント製造には熱影響層が薄く、バリのないシャープエッジ切断が必要であり、パルス固体レーザーを光源としている。当初、フラッシュランプ励起ネオジムYAGレーザーが採用されたが、半導体励起ユニットに引き継がれ、現在はディスクおよびファイバーレーザーが最終選択肢となっている。従来、ステントはステンレス鋼やニッケルチタン合金などの金属製であったが、ピコ秒やフェムト秒超短パルスレーザー技術の登場により、新しい生体吸収性ステントへの応用検討が進んでいる。

レーザーによる溶接応用

  • 写真2 レーザー溶接加工されたペースメーカー(GSIグループ提供)

 レーザーの登場により、従来技術では困難とされた電子機器ハーメチックシール(封止気密溶接)が可能となり、機器の小型化が劇的に進んだ。米航空宇宙局(NASA)や米国防衛産業からの要求により、73年から75年にかけてネオジムYAGレーザーによる電子リレーの封止気密溶接が実用化された。宇宙・軍事産業要求によって実用化されたこの技術は、医療機器分野の技術革新につながっていった。

 従来、電子ペースメーカーは小型化できず、患者が装着するウエアラブル機器であったが、レーザー封止気密溶接技術によって90年代に体内埋め込み型に進化した(写真2)。これ以外にも多くの医療機器開発、小型自動車部品などにも波及した結果、レーザー封止溶接技術は今日の産業用レーザー市場の基盤を形成した。光源はネオジムYAGレーザーからQCWファイバーレーザーへの置換が進んでいる。

  • 図1 テーラードブランク溶接(ボディーサイドリング)

 レーザーの登場によるテーラードブランク溶接(図1)技術が、自動車産業に大きく貢献している。83年、リムジンアンダーボディー用大板を必要とした独アウディが最初に生産応用した。84年、トヨタ自動車のカムリに5部品をレーザー溶接したボディーサイドリングを導入し、材料・メッキ厚を部分最適化可能として、車体軽量化、燃費向上させるだけでなく、材料歩留まりなどコスト低減との両立により、同社は世界中の自動車産業を唖然(あぜん)とさせた。

 以来、テーラードブランク溶接は車体製造の世界的基盤技術となっている。当初はCO2レーザーが利用されてきたが、近年では高出力(4キロワット以上)ファイバーレーザーが主流となっている。

レーザーによる穴開け応用

  • 図2 航空機エンジン用タービンブレードのレーザー穴開け

 60年に発明されたルビーレーザーの代表的実応用は、航空機エンジン用タービンブレードの冷却穴開け(図2)であった。エンジン効率向上には、動作温度を高める必要があり、使用材料の耐熱性向上とともに、ブレードの熱損傷防止用冷却構造が必須となる中、70年に米GEがブレード表面上に冷却用気流膜を形成する一連の小穴加工を実現した。

さらなるエンジン性能改善のための技術革新として、材料面ではニッケル基耐熱合金表面にTBC(サーマルバリアーコーティング)と呼ばれるセラミック溶射が施されている。穴加工形状も従来のストレート穴ではなく、シェイプドホールと呼ばれる漏斗(ろうと)状の特殊形状穴開けが行われている。

 もはや競合技術(ドリル、放電加工)では加工対応できず、レーザーによってのみ製造可能な技術となっている。生産性向上を目的として、パルス繰り返し周波数が低いルビーレーザーから、ネオジムYAGレーザーに置換されたが、さらにネオジムYAGレーザーからQCWファイバーレーザーへの置き換えが進みつつある。

穴開け技術 半導体分野への応用

 電子機器の小型軽量化要求が、マイクロエレクトロニクス基板を産み、生産環境でハンドリングしやすい高純度アルミナが材料として選択された。回路形成後、基板はチップのエッジ周囲にパルスCO2レーザーで作られる一連の小穴により分割(スクライブ)された。68年に米ウェスタン・エレクトリックが、この技術を確立して以来、セラミックス基板のレーザースクライブは、世界中の電子産業を支える基盤技術として普及発展してきた。

 同技術の半導体分野での応用として、70年にネオジムYAGレーザーを用いたシリコンウエハースクライビングが登場した。さらに昨今では、家庭用から携帯端末などのディスプレー材料として利用されるガラス基板のスクライビングにもレーザーが幅広く利用されるに至っている。

 アルミナ基板加工ではミシン目のように間隔の空いた穴列を用いるのに対し、シリコンウエハーやガラス基板のスクライビングでは、連続した細溝を使用する点が異なる。シリコンウエハーなどのレーザースクライビング(ダイシング)に表面への溝加工ではなく、ウエハー内部に改質層と分割起点となる内部微小欠陥を形成するステルスダイシング技術(浜松ホトニクスが開発)の利用も拡大している。

 層間での電気的導通実現ために多層基板上に形成された回路にあけられるビアホールの概念は、ウェスタン・エレクトリックの技術者による71年の論文で初めて発表され、74年に同社はCO2ビア穴開けシステムを完成、工場での稼働を開始した。この先駆的な導入から、マイクロビア穴開けが生まれ、世界中のマイクロエレクトロニクス工場におびただしい数のCO2、固体およびエキシマレーザー穴開けシステムが導入され、レーザーによるビアホール穴開けは電子産業の基盤技術として確立された。この技術の確立により、あらゆる携帯端末の小型化・高機能化が実現していると言っても過言ではない。

  • 図3 さまざまなレーザーマーキング手法(対象材料が金属の場合)

レーザーによる除去加工応用

 レーザーマーキング/彫刻(図3)は、産業用レーザー最大の応用であり、導入されたユニット数は、世界中で数万台以上とされる。74年に30ワットQスイッチネオジムYAGレーザーを搭載したマーキング装置が米国で商品化され、盗難防止用シリアルナンバーマーキングに利用されたのが、最初の代表的な成功例である。研削工具がアクセスできない電動タイプライターシャシー内側へのシリアルナンバー刻印にレーザーマーキング技術が利用された。 現在、レーザーマーキングの目的・用途は盗難防止にとどまらず、あらゆる物品の識別管理を目的としたQRコードマーキングなど、IoTの基盤ともいえるトレーサビリティー確保の重要な手段となっている。

  • 写真3 屋外でのレーザークリーニング(トヨコー提供)

  • 図4 さまざまな除染技術のトレードオフ

 電気性能要求に合致するように微細回路トリミングにレーザーを使用した最初の報告は、60年代後半に米ベル研究所によるものであった。71年に米モトローラがネオジムYAGとCO2レーザーを用いたレーザートリミングによる回路調整の開発に着手し、翌72年に米テレダインが最初のレーザートリミングシステムを市場に投入した。回路の電気的特性を設計狙い値にチューニングする目的で、集光レーザーによって堆積回路の一部を除去する。この技術の別の応用として集積回路形成に利用するマスク欠陥の修正技術(レーザーリペア)もある。

 レーザーによる除去加工応用として、特に注目を集めているのがレーザークリーニング技術である。もともとはレーザーマーキングの一手法として提案・普及した塗膜・陽極酸化被膜などの表面層部分剥離技術の応用である。

 薬品などを使用しないドライプロセスであることから環境面に優しく、作業者の肉体的負担軽減にもつながる。航空機産業・自動車産業での塗装・接合の前処理への応用例がある。近年、ファイバーレーザーを光源とするモバイル化実現により、屋外での施工も技術的に可能となったことから、橋梁の再塗装前処理(写真3)や原子力施設での除染作業応用(図4)が検討されている。

進展が期待されるレーザー付加製造

  • 図5 付加製造(AM)の7方式

 付加製造(AM)と呼称される3次元造形技術開発の歴史は、80年の小玉秀男氏による「立体図形作成装置」に関する特許出願までさかのぼることができる。87年、米3Dシステムズが世界初の商用ステレオリソグラフィ(SLA)装置を製品化した。このプロセスでは、赤外レーザー光を粉末状光硬化樹脂層にわたってスキャンされ3次元情報から切り出されたスライス情報を基に2次元形状に固化させて、これを積層して最終3次元形状を造形するものであった。

 その後、さまざまな材料と造形方式の提案・開発が、多くの研究開発チームによって行われた結果、7方式(図5)に大別されるに至った。材料を金属に限定すると粉末床溶融結合方式と指向性エネルギー堆積方式の2方式があり、それぞれレーザーを熱源とする実用機が市場投入されている。生産現場での実利用に関しては、まだ航空機産業などの一部に限定されているが、近い将来には医療機器産業、自動車産業での実用化技術となり得ると期待されている。

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