標準必須特許 ライセンス交渉のポイント(5)誰がライセンス交渉すべきか

(2023/1/19 05:00)

供給網全体の視点が必要

 昨今ではIoT(モノのインターネット)の発展によりさまざまな機器がインターネットにつながるようになり、あらゆる製品に通信機器が搭載されるようになっている。例えば、コネクテッドカーにはテレマティックス・コントロール・ユニット(TCU)が搭載されており、これによってネットワークを使った双方向通信が可能となり、さまざまなサービスが生み出されようとしている。

 多くの場合、自動車メーカーはTCUをサプライヤーから購入して自社のコネクテッドカーに搭載しているが、通信規格に関する標準必須特許(SEP)の保有者は、コネクテッドカーのサプライチェーン(供給網)の中で、どの主体とライセンス交渉を行うべきであろうか。最終的に消費者に製品を販売している最終製品メーカー(自動車メーカー)とライセンス交渉すべきか。あるいは、SEPの技術を用いた部品を提供するサプライヤー(TCUメーカー、通信モジュールメーカー)とライセンス交渉すべきか。

 ライセンス交渉の主体は、個々のケースごとに決定されるものであるが、特許権者はライセンスを管理しやすくするなどの観点から、最終製品メーカーとライセンス契約を締結することを望む傾向がみられる。他方、最終製品メーカーは、部品について最も技術的な知見を有するサプライヤーがライセンス契約の当事者となることを望む傾向がみられる。この傾向は特に、売買契約などにおいて、サプライヤーが第三者の特許権を侵害していないことを保証する非侵害保証条項や、第三者から受けた特許権侵害に基づく損害賠償請求等を補償する特許補償条項が置かれることが慣行となっている業界で強くみられる。

 一般にサプライチェーンの中のどのレベルの主体とライセンス契約の締結を目指すかは、まずは特許権者が決定する立場にある。他方、FRAND宣言されたSEPについては、ライセンスを求める全ての者にライセンスをしなければならないかどうかに関して、国際的に考え方が分かれている。

 まずSEPの保有者は、サプライチェーンにおけるレベルにかかわらず、ライセンスの取得を希望する全ての主体に対してライセンスしなければならないという考え方があり、この考え方は一般に“license to all”と呼ばれている。

 次に、FRAND宣言は、標準技術を利用する全ての当事者にライセンスすることを求めているのではなく、標準技術を利用したい者が標準技術にアクセスできることを担保するための仕組みであるという考え方もあり、この考え方は一般に“access to all”と呼ばれている。

 最終製品メーカーの中には“license to all”の立場に立ち、サプライヤーがライセンスの取得を求めてきた場合、特許権者がライセンスの付与を拒むことは差別的であり、FRAND宣言に基づく義務に反するとの意見がある。またサプライヤーの立場からは、最終製品メーカーのみがライセンスを受ける場合、サプライヤーの特許発明へのアクセスが下請製造に限られ、サプライヤーの自発的な製品開発を阻害するという意見がある。

 一方、特許権者が最終製品メーカーに対してライセンスの取得を求めた場合に、最終製品メーカーが応じないことは不適切だという意見もある。

 また、交渉の数を最小化するとの観点からは、最終製品メーカーが交渉主体となる方が、製品に含まれるSEPの技術を用いた全ての部品を対象に交渉することができ、効率的であるとの意見がある一方、少数のサプライヤーが多数の最終製品メーカーにSEPの技術を用いた部品を供給している場合には、サプライヤーが交渉主体となる方が効率的であるとの意見もある。

 いずれにしてもサプライチェーンの中でライセンスを受けている者がいない場合、サプライヤーであるか最終製品メーカーであるかにかかわらず、侵害行為に対する差し止めのリスクがあるため、サプライチェーン内の各主体は、ライセンス契約の締結状況について留意する必要がある。(隔週掲載)

◇特許庁 総務部企画調査課課長補佐 川原光司氏

(2023/1/19 05:00)

総合4のニュース一覧

おすすめコンテンツ

電験三種 合格への厳選100問 第3版

電験三種 合格への厳選100問 第3版

シッカリ学べる!3DAモデルを使った「機械製図」の指示・活用方法

シッカリ学べる!3DAモデルを使った「機械製図」の指示・活用方法

技術士第一次試験「建設部門」受験必修キーワード700 第9版

技術士第一次試験「建設部門」受験必修キーワード700 第9版

モノづくり現場1年生の生産管理はじめてガイド

モノづくり現場1年生の生産管理はじめてガイド

NCプログラムの基礎〜マシニングセンタ編 上巻

NCプログラムの基礎〜マシニングセンタ編 上巻

金属加工シリーズ 研削加工の基礎 上巻

金属加工シリーズ 研削加工の基礎 上巻

Journagram→ Journagramとは

ご存知ですか?記事のご利用について

カレンダーから探す

閲覧ランキング
  • 今日
  • 今週

ソーシャルメディア

電子版からのお知らせ

日刊工業新聞社トピックス

セミナースケジュール

イベントスケジュール

もっと見る

おすすめの本・雑誌・DVD

ニュースイッチ

企業リリース Powered by PR TIMES

大規模自然災害時の臨時ID発行はこちら

日刊工業新聞社関連サイト・サービス

マイクリップ機能は会員限定サービスです。

有料購読会員は最大300件の記事を保存することができます。

ログイン