[ ICT ]
(2017/7/28 05:00)
「人工知能(AI)は人間社会を一変させる」―― こう語るのは、日本のICT業界のご意見番であるインターネットイニシアティブ(IIJ)の鈴木幸一会長だ。いったいどういうことか。
外部化された人間の記憶がAIの原動力に
鈴木氏の冒頭の発言は、IIJが先頃開いた記者懇談会での講演のひとコマである。ここ数年、毎年恒例の講演として、1992年にIIJを創業し、日本にインターネットを導いた立て役者の一人である同氏が業界を俯瞰して語るとあって、今年も多くの記者が聴講した。
同氏はまず、「創業当時から近い将来、全てのものがネットワークにつながると話してきたが、それが今、クラウドやIoT(モノのインターネット)によって実現されつつある。さらに最近ではAIがつながり始めている」とし、今回はAIを中心に次のような話を始めた。
「先般、囲碁において世界最強といわれる中国の棋士がAIコンピュータに完敗した。専門家によると、AIの攻め方は人間が思いもつかないものだったと。それを聞いて、私はAIが囲碁のルールに則りながらも、人間が先の手を読むのとは全く違う最適な方法を見つけ出したのではないかと考えた。だとすると、それは人間から見て、果たして囲碁なのか。その意味で、囲碁というものを一変させる出来事だったのではないかと考えている」
この囲碁の話が冒頭の発言につながっていくわけだが、そのプロセスにおいて非常に興味深い解説があったので紹介しておこう。それは、米グーグル共同創業者のラリー・ペイジ氏がかつて語った話を発端にしたものである。
「ペイジ氏はかつて、『人間の小さな脳でできることは限られている。そこで脳の働きの9割以上を占める記憶というものを外部化すれば、脳のインテリジェンスは格段に上がるのではないかと考えた』と語り、グーグルの世界をつくり上げた。ただし、今後AIがその外部化された膨大な記憶を原動力に、しかもネットワークでつながれば、高度なインテリジェンスを素早く発揮できるようになる。そのAIのインテリジェンスが生み出す最適な人間社会のあり方は、私たちがこれまでつくり上げてきたものと全く違うものになる可能性が高い」
AIが業務や作業の代行でなく最適化を提案
鈴木氏はこんなことも話している。
「ペイジ氏の話を逆に考えると、人間は小さな脳の小さな記憶容量の中で物事を判断しながら生きてきたからこそ、これまで長い間にわたって技術も含めた文化を育むことができた。そして、そこにはそれぞれの人生がある。もしAIが最適な人間社会のあり方を目指すことになれば、そうした点が希薄になっていくのではないだろうかと危惧している」
つまり、AIが最適な人間社会のあり方を目指すことになった場合、果たして「文化」というものをどう捉えるか、である。これも人間社会を一変させる大きなポイントとなる。
そして、鈴木氏は講演の最後に、自らの話をまとめるようにこう語った。
「業務をはじめとしたさまざまな局面で、AIは人間の作業を代行したりサポートしたりする技術として受け入れられつつあるが、AIにインテリジェンスが蓄積されていけば、作業や業務そのものの最適化に向けてモデルチェンジを促すようになり、それがひいては人間社会のあり方に大きな影響を及ぼすようになるだろう。その意味で、AIは人間社会を一変させるポテンシャルがある。ただ、それが人間にとって良いことなのかどうかは分からない」
そこをみんなで考えていく必要がある、というのが同氏のメッセージである。
今回の鈴木氏の話は、AIが人間の知性や能力を超える「シンギュラリティ」についての見解ともいえる。いつの間にか、AIに支配されているような状況にならないように、AIとの関係をこれまで以上に真剣に論議する必要があるだろう。
(隔週金曜日に掲載)
【著者プロフィール】
松岡 功(まつおか・いさお)
フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT」の3分野をテーマに、複数のメディアでコラムや解説記事を執筆中。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌の編集長を歴任後、フリーに。危機管理コンサルティング会社が行うメディアトレーニングのアドバイザーも務める。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年生まれ、大阪府出身。
(2017/7/28 05:00)