[ 機械 ]

【別刷特集】高度化する精密位置決め技術

(2016/12/19 11:00)

 精密位置決めシステムの性能は、機械要素やアクチュエーターからなる機構とセンサー、コントローラーの総合力で決まる。精密位置決めシステムは特別かつ高価なシステムで、機構上の課題が多かったが、部品の高精度化、メカトロニクス・センサー技術などの進歩とともに性能向上、コストダウンが進んでいる。その結果、精度を極限的に追求する分野がある一方で、“精確さ”を生かした新たな分野への活用・普及も模索されている。ここでは制御により“精密”の敷居を下げ、性能を上げる技術例を紹介する。

◇東京工業大学 科学技術創成研究院未来産業技術研究所 准教授 佐藤 海二

はじめに

  • 図1 精密位置決めの認識に関するアンケート結果

 精密位置決め技術は精密位置決め・精密運動を実現するための技術であり、運動機構の位置・運動精度が重視される多くの産業機械を支える重要な技術である。

 図1は筆者が委員長を務める精密工学会超精密位置決め専門委員会が行っている精密・超精密位置決めの精度レベルの認識を調べたアンケート結果である。精密位置決めシステムで望まれる特性は多岐にわたるが、最も基本かつ重要な特性は、製品の品質や生産効率に直結する位置・運動精度と高速性である。

 一方、近年では製作や維持管理の容易さ、入手性といった利便性も重要になっている。これらは高精度をいかにして低コストで実現し活用するか、という近年の課題にも寄与することができる。

 システム特性は機械要素やアクチュエーターからなる機構特性の影響を強く受け、機構のさまざまな特性改善が求められる。しかし必要な特性はしばしばトレードオフの関係にあり、用途に合わせて機構特性上のバランスを図る必要が生じる。

 注意すべきはシステム全体から見れば、機構特性に大きく依存する特性とコントローラーを含めた総合力で決まる特性があること。機構特性が支配的になる特性改善に注力し、他を割り切ることはシステム全体として高性能化や新しい特徴を実現する潜在力となる。

 ここからは可動範囲の広い精密位置決め機構とその制御に関し、先述の視点から見た技術を紹介する。

精密位置決め機構の構成と摩擦問題

 摩擦特性は代表的な精度劣化要因であり、その低減がしばしば求められる。しかし低摩擦化は、剛性の低下、低振動減衰性、コスト増を招く負の側面もある。

 図1と同じアンケートによれば、摩擦が作用する転がり案内とボールネジ、あるいはリニアモーターを組み合わせた機構が最も多く、コスト・利便性と性能のバランスに優れているためと考えられる。では「摩擦のために高精度化に限界が生じるか?」というと、そうは言えない。

 摩擦特性の厄介さは最大静止摩擦と動摩擦との差に起因する急峻(きゅうしゅん)な特性変化、場所や動作状態の変化に伴う特性変動から生じるが、転がり案内では、その摩擦力差は小さい。さらにリテーナーや微小ボールの利用により、転がり案内の問題も改善されている。残された摩擦問題は、採用するコントローラーの性能に依存することになる。

制御系による性能向上と利便性の向上

  • 図2 NCTF制御の適用例

 通常制御系設計は、まず対象の力学モデルを同定し、次に適切な制御法やコントローラーを選択し、設計して進められる。この作業は労力と時間、専門知識を必要とする。摩擦のように急峻な出力変化や、状態や時間経過による顕著な変動が絡む場合は、複雑かつ高度な知識を必要とする制御法が利用されることが多い。

 しかし、それでは機構が安価で利用しやすくても、総合的には扱いにくくコスト高になりかねない。外乱オブザーバーを用いた外乱抑制制御は、その対策として有力であるが、適切な設計にはそれなりの知識・情報が不可欠で、その量・精度によって効果が左右される。

  • 図3 空気圧人工筋を用いた機構とその制御結果

 設計の労力と採用の敷居を下げ、超精密位置決めを容易に達成する方法として、NCTF制御がある。この制御法は実機の応答波形を利用して、簡単な手順で制御系設計ができる。摩擦が変動してもボールネジ機構で5ナノメートルの超精密位置決めが容易に可能(図2(a))で、摩擦力の大小に関係なく適用できる。さらに安価だが顕著な摩擦特性を含めた厄介な特性を持つ空気圧シリンダーでも、誤差を100ナノメートル以下にできる(図2(b))。

 “簡単かつ高精度”に重要なことは、大まかな性質を踏まえてコントローラーを設計することである。その視点で取り組めば、空気圧人工筋でもマイクロメートルオーダー以下の精度で位置決め・運動制御が可能になっている(図3)。

  • 図4 使い捨て可能な可動子を持つ極薄リニアモーター

 制御による補償を前提に、精密位置決め機構を単純化することもできる。例えば図4は、極薄・簡単構造・永久磁石なしを特徴とする小型リニアモーターで、可動子は使い捨て可能なほど簡単で製作容易である。

 この簡単さの代償として、摩擦力と推力ゲインが顕著な位置依存性を示す。それでも適切なコントローラーによる補償で、マイクロメートルオーダー以下の誤差で位置決め・運動制御が実現できる。

高加速機構と高精度化

 加速度・速度性能はアクチュエーター推力と可動部質量で制約される機構特性依存の性能であり、大推力化と軽量化が重要となる。大推力化にはコア付リニアモーターが有望で、多くの大推力・高加速機構の報告例で採用されており、筆者の研究を含め100G以上の加速度が達成されている。

  • 図5 超高加速リニアモーターとその制御結果

 この選択は推力リップルと非線形推力ゲインの補償が課題となり、供給パワー制限やガイド摩擦などさまざまな非線形要因が影響し、力学モデルを前提とする制御系設計は現実的でなくなることがある。そのような場合でもモデル不要な学習制御器を利用することで、図5のように高速・高精度運動が実現できる。

 軽量化は省エネ化、扱いの容易性にもつながり、近年重要な課題になっている。図5でも炭素繊維強化プラスチック(CFRP)などの軽量・高剛性材料を利用したが、産業機械への適用も進められ、注目されている。

今後の展望

 ここでは制御により精密位置決めシステムの性能・利便性の向上に生かす基本的な考えと例を紹介した。近年の情報処理技術・デバイスの発展は、制御機能向上の基礎となり、その有効性を高めている。

 最近注目を集めているIoT(モノのインターネット)技術は、制御機能との親和性が高く、位置決めシステムに直接的・間接的に大きな影響を与える潜在力を持っている。その普及はコンピューターやセンサーの小型化、高性能化、低コスト化という現在の流れを加速し、近い将来、機械の管理・設計思想に影響し、精密技術の低コスト化とさらなる活用につながると考えている。

【11/16付本紙別刷「JIMTOF2016特集」より】

(2016/12/19 11:00)

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