(2023/3/1 05:00)
新しい資本主義実現 発展可能な資本・経営戦略を
日本企業が持続的成長を遂げるために、情報開示はどうあるべきなのか。「新しい資本主義」を掲げる岸田文雄政権で総理補佐官の勉強会顧問を務め、分配政策に詳しいスズキ・トモ早稲田大学教授の特別寄稿を掲載する。
投資家、資金の回収加速
四半期開示制度改革は「新しい資本主義」政策の一環として岸田文雄首相が政権発足前より掲げてきた重要政策である。「新たな資本主義を創る議員連盟」の設立趣旨(2021年6月)は、成長の鈍化や格差拡大の要因として過度の株主資本優先を挙げている。今後は付加価値の適正分配を通じて取引先や従業員や事業法人そのものへ資源の重点配分を行い成長を目指すとした。首相は『私が目指す「新しい資本主義」のグランドデザイン』(文芸春秋 2022年2月号)の中で「分配戦略による人への投資こそが成長戦略でもある」として分配政策の重要性を強調した。
それでは従来の株主資本優先策の何処に問題があったのか。2000年代初頭、時の政府は四半期開示制度の導入を含む金融ビックバンを推進した。より早く、より多くの情報を投資家に提供することで1400兆円もの家計金融資産を企業へ投入する計画であった。しかし、投資家によるエクイティ・ファイナンスは減少し、逆に配当や自己株買いが増加した(図表参照)。投資家は人口減少などの構造的悪化を悲観して、資金の追加投入よりは回収を加速している。外国人株主の存在が支配的になったために国富の海外流出も著しい。国内に限っても、売上げが頭打ちの下で利益の最大化を目標とするから下請け企業への支払いや研究開発費や給与が抑制され、イノベーションが生じにくい。家計金融資産は投資に向かず2000兆円にまで膨れあがり、所得格差の拡大も加速する。
「新しい資本主義」とはこうした株主第一主義への反省であり、下請け企業や従業員や事業法人に十分な資金を循環させようとする政策である。政府が四半期開示制度の見直しや自社株買い規制の検討から始めたのはこのためである。また今日の少額投資非課税制度(NISA)の推進も、外国人株主に代わり国民が株主となることで付加価値の適正分配と国内循環を企図している。
付加価値、適正に分配 任意開示で効率的な市場形成
残念ながら、こうした政策に対する理解が進まない。その要因の一つは我々が「利益や配当は高い方が良い」と誤信していることにある。欧米や新興国と異なり、成熟経済社会において「利益」を最大化しようとすれば、株主以外のステークホールダーの付加価値が犠牲となる。「利益」とは損益計算書を通じて確定する「株主に帰属する付加価値」に過ぎない。我々が政策目標とすべきは全ての関係者に帰属する付加価値の合計であり、その適正な分配を通じた持続的な発展である。
この適正分配政策を掲げて登場した岸田政権は金融業界から厳しい反発で迎えられた。一般に新政権の誕生はご祝儀相場で迎えられるが、今回は株価の下落で迎えられ「岸田ショック」と揶揄(やゆ)された。それでも、今国会で金融商品取引法の四半期報告書制度の廃止を決定し、更に証券取引所ルールとしての四半期決算短信の任意化も検討しているのは、政府の「新しい資本主義」政策への強いコミットメントの表れである。
翻って、我々民間にそうした適正分配を通じた再成長への理解とコミットメントが浸透しているか。本紙の「四半期開示に関する調査」によれば、四半期決算短信が任意化された後に、開示を停止するか否か問われると「わからない」または「未定」と回答した企業が7割に達している。その実情は「他社の出方次第」という、日本に特徴的な横並び意識であり、行動経済学で言うハーディング効果であろう。自社だけ開示を停止することに伴う株価下落や投資家・メディアからの不評リスクを回避したい心理がうかがえる。
もっとも、こうした事態は、今回の制度の見直しのきっかけとなった『成熟経済・社会の持続可能な発展のためのディスクロージャー・企業統治・市場に関する研究調査報告書』(関西経済連合会 2021年)の中で既に指摘されていた。そこで以下では同報告書や追加調査を基に、四半期開示実務を積極的に見直すべき理由を二点に絞り確認する。
①四半期開示は国民経済や企業の健全な発展のための資金調達を円滑にする目的の制度である。成熟化に伴う資金需要の低減が明白な上に、正のキャッシュフローを生むプロジェクトの欠如を自認させる自社株買いを強要する投資家のために、積極的な情報開示を続ける合理性はない。自社株買いが支配的な市場では一時的な株価の高揚が観察されても中長期的には破綻さえ予見させる。経営者は短期的な株価下落リスクよりも中長期的リスクを回避すべく意思決定すべきである。
参考までに「欧州では法的義務の撤廃後も大半の企業が開示を続けている」との誤報が流布されている。事実は「PL(損益計算書)・BS(貸借対照表)を伴う」という最低限の基準でもロンドンで7・8%、パリでは4・0%の企業が四半期開示を継続しているに過ぎない。資金調達を欲する企業が任意で積極的な情報開示を行うからこそ、企業にも投資家にも有用な情報が提供され、効率的な市場が形成される。
②自主的に四半期開示を廃止し、中長期的な発展の観点から人的投資やR&D(研究開発)投資を推進して成功した例としてユニリーバ社の前CEO(最高経営責任者)、p・ポールマンによる経営戦略が挙げられる。同氏の就任会見の後、同社の株価は8%も下落した。「岸田ショック」に似て非なるは、同氏にとって株価下落は計画されたグッドニュースであったことである。適正分配に基づくサステナブルな経営に反対する株主を退場させ、適正な還元を受け入れる株主と協働して経営改革を進めることができるからである。結果は従業員の士気の向上に伴うイノベーションや売り上げの増加、そしてその結果としての長期的な株価の上昇であった。日本の経営者にも、短期的な株価の下落を織り込んだ上で、持続的発展を可能にする資本政策と経営戦略の実施を求めたい。
東証ルールの改正不可欠
それでも、初期の株価下落やそれに伴う買収リスク、株主総会における反対票リスクを懸念する経営者の心理は理解できる。ここには政府に一層の公共政策強化を求める余地があろう。
一つには、コーポレートガバナンスコードやスチュワードシップコードを欧米からの直輸入ではなく日本の事情に則して改正する必要がある。成熟経済を迎えた日本で欧米に倣って「投資家との建設的な対話」を要求しても、回収が合理的である投資家を援護するばかりで経営資金が枯渇する。二つ目に、円安が進んだ今、国益に反する買収リスクが再燃すれば外為法による規制を超えた積極的なセイフティーネットを構築する必要がある。三つ目に株主総会議決権行使アドバイザリーや協働エンゲージメントなどの名目で、新種の総会屋まがいの権利の乱用が観察されれば公的な監督権限を発動すべきであろう。
総括するに、経営者と政府が日本の実情に即した制度や経営実務を確立し、中長期に付加価値の適正分配と循環を実現することが日本の持続的発展を実現するカギである。この観点から、資金流出を誘発しがちな四半期開示制度であれば上場全社に強制する東証ルールは改正されるべきである。資金調達を予定する企業の自由裁量こそ効率的である。
(2023/3/1 05:00)