[ オピニオン ]
(2019/7/10 05:00)
高齢ドライバーの自動車事故が社会問題として取り上げられる度、免許返納の出来事を思い出す。免許返納は運転ができなくなるだけでなく、ただでさえ社会とのかかわりが薄くなる高齢者にとって、公的な身分証明を失い、疎外感や不安が大きくなるのも事実だ。
今から3年前。長兄の薦めで、80歳になった父が免許の自主返納を決めた。父は肺の病気を患っており、遠方の専門病院で定期検査が必要だった。子どもが帰省できない時は、父自らが運転して通っていた。「通院に困る」ので返納は嫌だったようだが、タクシー通院を可能にしたことで受け入れてくれた。
私が父を車に乗せ、愛媛県内の管轄地域の警察署に行った。免許を返納して、公的な身分証明書となる「免許経歴証明書」を発行してもらうつもりだった。この証明書があれば、路線バスや補聴器購入の割引などの特典が受けられる。それ以上に、免許証と遜色ない身分証明書を持っていられるという点が、父を納得させていた。
私が近くの銀行で用を済ませて、警察署まで迎えに行くと、父はしんどそうな姿で待っていた。理由を聞くと「近影写真を持ってこれなかったので、免許経歴証明書を発行してもらえなかった。道路を渡った写真屋で撮れますからと言われたけど、呼吸がつらくなってきた。帰ろう」と言う。警察署で免許更新する際は署内で写真撮影ができるのに、なぜ経歴証明書の場合は撮ってくれないのか。鼻から酸素吸入器を装着している高齢者に容赦なく「道路を渡って写真屋へ」という警察に強い疑問を抱いた。だが、父があまりにしんどい様子だったので、そのまま車を自宅に走らせた。結果、父は返納のみで終わった。
高齢者にとって、免許証は社会的な身分証明書であり、社会とのつながりを意識させるものだ。多くの人が手放したくないだろう。警察署としての決まりはわかる。それでも事故を起こす前に、決心をして返納する高齢者にもう少し柔軟な対応はできないのか。返納の仕組みや対応に再考を願ってやまない。
(2019/7/10 05:00)