[ オピニオン ]

【電子版】デジタル編集部から(65)国産量子コンピューターがもたらすインパクト

(2017/11/21 05:00)

  • NTT厚木研究開発センタに設置された量子ニューラルネットワーク計算装置と武居上席特別研究員

これまで量子コンピューター開発で後れをとっていると言われてきた日本。ついに国産初の量子コンピューターがお目見えしました。

NTT物性科学基礎研究所、国立情報学研究所などが内閣府の支援事業である「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT=インパクト)」の一環として開発した「量子ニューラルネットワーク(QNN)」計算装置がそれ。20日にメディアに公開するとともに、11月27日からはクラウド経由で一般ユーザーも利用できるようにすると発表しました。(リンク先はhttps://qnncloud.com

これまで量子コンピューターの分野でもっぱら注目されてきたのは、米国のグーグルやIBMなどが進める量子ゲート型、それにカナダのディーウェーブ・システムズが実用化した量子アニール型でした。QNNはそれらとは原理や構造が異なり、光の量子力学的な特性を利用したネットワーク型と言われるものです。他の二つのタイプに比べ、超電導素子を使っていないので極低温まで冷却する必要もありません。

QNN計算装置の主な構成要素は、長さ1kmのリング状の光ファイバー、光増幅器、それに後からプログラムを組み込める半導体チップのFPGA(フィールド・プログラマブル・ゲートアレイ)と、いたってシンプル。光ファイバー中に光増幅器で生成した最大2000個の光パルスを巡らせ、解きたい問題に対応する相互作用をFPGAから加えると、光ファイバー中を1000回周回したあたりで2000個のパルス群が全体として最もエネルギーの小さい、安定した位相の組み合わせを取り、それが問題の答えになるのだという。

例えば、27日からQNNのクラウドで提供する「最大カット問題」。それぞれがつながりを持った複数の要素(ノード)をグループ分けするのに、違うグループに分割した時の要素のつながりの数(カット数)が最大になるようにする、代表的な組み合わせ最適化問題です。

  • 会見する(左から)NTTの武居上席特別研究員、山本ImPACTプログラム・マネージャー、国立情報学研究所の加古敏特任准教授(20日)

QNNでは、2000人の人がいてそのうち誰かを嫌いだと思う人間関係が2万組ある場合、それをグループ分けする最大カット数が1万3313だと、わずか5ミリ秒以内に計算。20日に会見したNTT物性科学基礎研究所の武居(たけすえ)弘樹上席特別研究員によれば、「通常のコンピューターが長い時間かけて計算した答えより、良い回答が得られた」そうです。

実はこの2000というのは計算する最大の組み合わせの数で、今回のQNNのビット数(実際には2048)に相当。ImPACTの山本喜久プログラム・マネージャーも、「QNNは(ノード同士の)結線数が400万と圧倒的に多く、2000までの組み合わせならどんな問題でも解ける」とした上で、「ディーウェーブの2000ビットのマシンは結線数が少なく、実際に解ける問題(の組み合わせ数)は60以下になる」と話し、QNNの優位性を強調しました。

さらに、ゲート型もアニール型も計算を進めるうちにエラーが蓄積し、その誤り訂正のために量子ビットのパワーを消費しているのが実情。それに対し、QNNの光パラメトリック発振器では位相と振幅情報がそのまま保持される仕組みのため、「2000ビットしかなくとも、そのまま2000ビット全部を使って問題が解ける」(山本プログラム・マネージャー)利点があるといいます。

では、この量子コンピューターをほかのどういう分野に応用できるかというと、創薬や通信ネットワーク、少ない観測データから対象を復元する圧縮センシング、深層学習、渋滞を減らすための交通システム、フィンテックでのリスクと利益のトレードオフをリアルタイム最適化、などが想定されています。

そのうち、山本プログラム・マネージャーは2018年5月以降、まず創薬で特定のたんぱく質に結合する化合物をコストを絡み合わせて探索するリード化合物最適化のアプリケーションをQNN用に提供していく計画を明らかにしました。2番目は、多数の携帯基地局の無線通信が干渉しないよう、周波数帯や送信出力をリアルタイムに最適化するプログラムの予定。また、ハードウエアとしては将来、10万ビットで100億の全結合を持つシステムの開発を目指すということです。

「これまで日本は量子コンピューターで後れていると言われていた。そうではない、ということをウェブによる一般公開で世界に示したい」。NTT厚木研究開発センタ(神奈川県厚木市)の実験室に置かれたQNNを前に、武居上席特別研究員の口から聞かれたのは静かな決意表明でした。「NTTとしていつ実用化するとは言えないが、グループ全体で事業化できるようなものにしようとしている」

量子コンピューターは科学分野だけでなく、産業や社会に存在するさまざまな問題を解き明かし、イノベーションを生み出していく可能性が十分にあるでしょう。そして何より、日本のICT産業にとっては、未来に向けた希望の「光」となるかもしれません。

(デジタル編集部・藤元正)

(2017/11/21 05:00)

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